ノンテクニカルサマリー

グローバル・バリューチェーンと日本における産業別輸入価格の為替レートパススルー

執筆者 ファビアン・ロンドゥ(レンヌ大学)/吉田 裕司(滋賀大学)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

日本経済にとって2022年は、海外の様々な経済ショックに直面した。ロシアのウクライナ侵攻を原因としたエネルギー価格や資源価格の高騰、新型コロナ感染社会からの脱却による世界各国の需要回復、世界各国からのインフレ波及、急激な円安の進行。このような世界の経済状況を背景として、日本国内のインフレ率も昨年度同月比で4%を超えるようになった(総合CPIインフレ率、2022年12月)。消費者物価指数のインフレは家計にとって重要な指標であるが、国際的な経済活動を営む企業にとっては輸入物価の変化がとても重要である。

Sasaki, Yoshida, and Otsubo(2022、RIETIディスカッション・ペーパーとしては2019年公表)では、輸入物価指数、企業間物価指数、コア消費者物価指数、と為替レートの関係を時変的パラメターVAR(ベクトル自己回帰)の計量経済学手法を用いて分析を行った(注:輸入価格指数と企業間物価指数には、日本銀行・企業物価指数の「輸入物価指数」と「国内企業物価指数」を用いている)。時変的パラメターVARとは、複数のマクロ変数の「過去の値」が相互に「現在の値」に影響を与えるVARモデルの中で、特にその影響の程度が時間とともに変化することを捉える統計手法である。Sasaki, Yoshida, and Otsubo(2022)の研究の主たる目的は、為替レートの変化がそれぞれの物価指数にどの程度の影響を与えるかを示す「為替レートパススルー」を計測することであった。為替レートの変化の影響を受けない場合はパススルーはゼロであり、為替レートの変化が全て物価指数に反映される場合は100%のパススルーとなる。その分析結果からは、輸入価格指数への為替レートパススルーが、(i)産業間に大きな差があったこと、(ii)時間とともに大きく変化していること、の発見があった。VARの手法は、上述したように、マクロ変数の相互のダイナミックな動きを捉えることに適しているが、その動きをもたらしている要因を明らかにすることは出来ない。そこで、二つ目の発見(為替レートパススルーが時間とともに変化すること)の根拠を調べるために、産業別に分解する分析は行っていないが、RIETIディスカッション・ペーパーとしてYoshida, Zhai, Sasaki, Zhang(2022)の構造VARの研究分析を行った。その研究に引き続き、今回の本研究(Rondeau and Yoshida, 2023)は、産業別輸入価格への為替レートパススルーの二つの発見に対する根拠を同時に提供するものである。

図1. 輸出に占める各国付加価値の割合
図1. 輸出に占める各国付加価値の割合
注:例として米国から日本への輸出を示している。左の縦棒は、輸出国によって100%の付加価値が産み出されている。真ん中と右の縦棒は、輸出国の付加価値比率は100%未満であり、他国や輸入国による付加価値が一定の割合を占めている。産業・年代によって、これらの比率が異なってくる。

今回、我々が注目したのは、各産業が世界の生産ネットワーク(グローバルバリューチェーン)にどの程度関わっているかが、為替レートに対する輸入価格の反応に影響を与えるのではないか、という視点である。図1の例のように、米国から日本向けの輸出であっても、輸出製品の付加価値が輸出国である米国のみで生じているケース(左の青色の縦棒)もあれば、米国の付加価値は製品価値の4割程度のケース(真ん中と右の縦棒)もありえる。また、輸出国の付加価値比率が4割の場合であっても、その残りの6割の付加価値が輸入国(日本)によって提供されているケース(真ん中の縦棒)や、その他の国(カナダとメキシコ)によって一部が提供されているケース(右の縦棒)もあり得る。

本研究では、産業別に輸出国の付加価値比率をVAX、輸入国の付加価値比率をVAMと定義して、産業別の輸入価格指数への為替レートパススルーがVAXとVAMに依存する特定化をした回帰モデルをパネル推計した。具体的には、輸入価格指数の回帰分析の説明変数として、為替レートとVAXとVAMのそれぞれの交差項を含めた。推計の際には、様々な定義の名目実効為替レートや、異なる輸入物価指数を用いたが、どの方法でも頑健的な結果が得られた。分析結果からは、『VAX(輸出国の付加価値比率)が高まると輸入価格への為替レートパススルーも高くなる一方、VAM(輸入国の付加価値比率)が高まると輸入価格への為替レートパススルーは低くなる』、ことが示された。具体的には、日本に輸入される商品において日本製の部品や素材が多く用いられている場合には、為替レートの変動の影響を受けにくいことを示唆している。

また、この分析から図2のように、産業別の時変的な為替レートパススルーを示すことが出来た。特に顕著な特徴は、(i)産業間において為替レートパススルーに大きな差がある。具体的には、90年代後半では、電子機器産業の輸入物価パススルーは70パーセント程度であるが、食料・飲料、木材、原油の3産業の輸入物価パススルーは85パーセントを超えている。(ii)2000年代、2010年代に全体的に輸入物価パススルーは高まり、また産業間の差異も減少している。

図2. 産業別輸入物価指数のダイナミックな為替レートパススルー
図2. 産業別輸入物価指数のダイナミックな為替レートパススルー
注:Rondeau and Yoshida (2023)のFigure 3)、縦軸は為替レートパススルー率を示している。1=100パーセント。

日本企業は海外市場をターゲットとして現地生産や現地会社の設立を進める一方、世界各地から中間財・資材・原材料を調達している。一方、東日本大震災(2011)や新型コロナ感染拡大(2020)により、グローバルバリューチェーンの海外生産部門停止によるボトルネックの厳しさも経験している。これからグローバルバリューチェーンの再編が行われると、日本輸入品に内在する付加価値割合が大きく変わることが予測される。これは、本研究の分析によると、輸入物価為替レートパススルーが影響をうけることを意味して、すなわち円安・円高が生じた時に輸入物価指数が受ける影響の程度に変化を及ぼし、さらには国内の最終価格である「消費者物価指数」に与える影響が変化することまで考えられる。日本国内の消費者物価指数のインフレ率が重要な指標であることは言うまでに及ばず、本研究は今後のインフレ率予測を含めた金融政策の政策立案に欠かせないエビデンスを提供している。

参考文献
  • Sasaki, Yuri, Yushi Yoshida, and Piotr Kansho Otsubo, 2022, Exchange rate pass-through to Japanese prices: Import prices, producer prices, and the core CPI, Journal of International Money and Finance, 123, 102599.
  • Yoshida, Yushi, Weiyang Zhai, Yuri Sasaki, and Siyu Zhang, 2022, Exchange rate pass-through under the unconventional monetary policy regime, RIETI Discussion Paper, 22-E-20.