ノンテクニカルサマリー

水平合併と問題解消措置の動学的な定量評価:1970年における新日鐵合併の評価

執筆者 深澤 武志(東京大学)/大橋 弘(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト グローバル化・イノベーションと競争政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル化・イノベーションと競争政策」プロジェクト

本論文は、1970年の八幡製鐵と富士製鐵の水平合併の事後評価を定量的に行うことを目的にする。本合併によって、1950年に解体された日本製鐵が再統合することになった。本論文では、企業の動学的な投資行動を取り入れた構造推定モデルを構築し、同意審決における合併承認の是非およびその際に公正取引委員会によって応諾された問題解消措置について、経済厚生の観点から定量的に包括的な評価を試みるものである。

本合併は、事前審査において鉄道用レールなどの一定の取引分野において実質的な競争が制限される恐れが公取委によって問題点として指摘され、合併当事会社の問題点を解消する対応策が不十分として1969年5月に合併をしないことを命ずる旨の勧告が出された。それを受けて審判手続きが開始され、当事会社の同意審決申立書における問題解消措置を承認する同意審決を踏まえて、1970年3月31日を以て合併がなされた。なお、問題解消措置は、合併の反競争的な懸念を緩和するため実施される政策のことで、本合併のケースでは、合併当事会社が競合企業(ここでは神戸製鋼と日本鋼管)に特定の資本設備の一部を譲渡する形で実施された。

なお本論文は、大橋弘・中村豪・明城聡(2010、RIETI 10-J-021)の分析・データを拡張することで、長期に亘る水平合併の効果を分析している。

分析の結果、八幡・富士合併は消費者厚生を毀損するものの、社会厚生の観点では望ましいことが明らかにされた。また、合併をしなかった仮想的な状況と比較して、当該合併によって、合併企業は投資を減じたが、非合併企業は投資を増やしたことも明らかになった。

問題解消措置の効果は、次第に減少していくものの、20年経過後も5割程度残存していることが確認された。下図には、問題解消措置実施の下での主要な市場のアウトカムについて、問題解消措置なしという仮想的な状況におけるアウトカムと比べた水準の推移を表している。

分析によると、合併に伴う長期的な消費者厚生の毀損を相殺するために必要な新日鐵の資本の譲渡の割合は自らの資本規模の約20%に相当し、合併に伴う短期的な消費者厚生の毀損を相殺するために必要な新日鐵の資本の譲渡の割合である約5%を大きく上回る。この結果は、水平合併を消費者厚生基準で判断するのか、社会的厚生基準で判断するのかで異なることも明らかにされた。

もし合併後に競争当局が競争状況に応じて追加的な問題解消措置を要請できるのであれば、問題解消措置の精度が高まることが期待される。こうした措置は現状行われていないが、投資を取り巻く市場環境が不確実性を高めるなか、中長期的な視点での競争環境の整備に向けての視点の重要性が明らかにされた。

図 問題解消措置の長期的な影響(1970-90)
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図 問題解消措置の長期的な影響(1970-90)
注. 各余剰の金額は、1960年時点の価格水準で表している。