ノンテクニカルサマリー

人流と新型コロナウィルス新規感染者数変化率の動的関係とワクチンの役割

執筆者 井上 智夫(成蹊大学)/沖本 竜義(客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題の背景

2019年末に発生した新型コロナウィルスは、全世界を大きな混乱に巻き込み、未だ収束には至っていない。そのため、新型コロナウィルスの感染者数を抑制することは、今でも多くの国の主要な政策目標となっている。感染を抑える一つの有力な政策としては、人流を制限することが挙げられており、各国において様々な政策が施行されてきた。最も厳しい政策としては、入国規制や都市封鎖があり、アメリカやイギリスなど、多くの国では当初、主要な政策となっていた。また、都市封鎖を行うことができない日本では、緊急事態宣言の発令や飲食店の営業規制などが主要な政策となってきた。それと同時に、世界的にリモートワークが推奨され、ステイホームを促進する政策も実施されてきた。さらに、そのような感染対策が実施されている間に、ワクチンが開発され、ワクチン接種の推進は、感染の抑制だけでなく経済活動の再開のためにも重要な政策となっている。実際、ワクチンの接種が進むにつれて、人流抑制政策を緩和し、経済活動の再活性化政策を進める国も見られている。このように、新型コロナウィルスに関しては多くの政策が実施されてきたが、政策効果に関する検証は限られており、まだ十分な研究が行われていないと言えるだろう。また、シミュレーションに基づいた研究も多く、実際に観測されたデータから、政策効果を検証した研究の蓄積が不可欠である。このような状況を受けて、本稿の目的は、様々な形で行われてきた人流抑制政策やワクチンの効果を検証するために、日本における人流と新規感染者数変化率の動的関係を、実際に観察されたデータから実証分析により明らかにすることを試みた。

本研究の主な結果

本研究で得られた結果は次のようにまとめられる。まず、緊急事態宣言は、新規感染者数変化率の低下に大きな効果があったことが確認された。また、住居を除く各所に関する人流が新規感染者数変化率を有意に上昇させたことともに、住宅における人流が上昇すると、新規感染者数変化率が大きく低下する傾向にあることが示唆された。最後に、ワクチンの効果に関しては、感受性人口の減少という観点からは、有意な感染抑制効果は示されなかったが、人流と新規感染者数変化率の間の正の関係を有意に低下させる効果が大きいことが示された。この結果を図に表したものが図表1である。図表1は、ワクチンの接種率が異なる4時点において、各所における人流に対する新規感染者数変化率のインパルス応答関数を図示したものである。図からワクチン接種開始以前の時期では、住居を除く人流は新規感染者数変化率を有意に拡大させることがわかる。しかしながら、その傾向はワクチン接種が進むにつれて徐々に低下していることが図表1から見てとれ、特に、小売店・娯楽施設、食料品店・薬局、公園における低下効果が大きくなっていることが、明らかとなった。

政策的インプリケーション

本研究の結果、緊急事態宣言は新規感染者数変化率の低下に大きな効果があったことが確認された。緊急事態宣言は、日本においては、人流抑制策としては最も強力な政策の一つであり、その効果は予想されたものであるが、本稿において、実際のデータからその効果が定量的に評価されたことは大変意義深い。また、住宅における人流が上昇すると、新規感染者数変化率が大きく低下する傾向にあることも示唆された。この結果は、ステイホームを促進することにより、感染を抑制できることを示唆しており、リモートワークの推進や飲食店の営業規制などステイホームを促進する政策の有効性を示す示唆に富む結果である。また、ワクチンの効果に関しては、人流と新規感染者数変化率の間の正の関係を有意に低下させる効果が大きいことが示された。これは、ワクチン接種が進んだ際の経済再活性化政策に一定の根拠を与えるものであり、経済再活性化政策を施行するうえで、大きな参考となるであろう。

図表1 異なるワクチン接種率のもとでの人流に対する新規感染者数変化率のインパルス応答関数
図表1 異なるワクチン接種率のもとでの人流に対する新規感染者数変化率のインパルス応答関数