ノンテクニカルサマリー

ディーゼル車走行規制が大気汚染、新車登録および出生時体重に与えた効果

執筆者 西立野 修平(リサーチアソシエイト)/ポール・バーク(オーストラリア国立大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

2003年10月、1都3県(東京都、埼玉県、神奈川県、千葉県)全域にディーゼル車走行規制が導入され、ある一定の排ガス基準を満たさないディーゼルトラックとバスの乗入が禁止された。本稿では、この規制が、大気質、新車登録、および出生時体重に与えた効果を定量的に分析した。効果測定にあたり、大気測定局レベルの時間値データや人口動態調査出生票データ等のマイクロデータを活用し、差の差分析およびイベント・スタディ分析を行った。分析の結果、ディーゼル車走行規制により、規制対象地域における浮遊状粒子物質の大気中の濃度が5.4%(2.3マイクログラム毎方メートル)低下したことが明らかになった。特に、規制による大気質改善効果は東京都で最も大きかった。本稿では、さらに、ディーゼル車走行規制により、規制対象地域で生まれた子の出生時体重が0.14%(4.2グラム)増加したというエビデンスを得た。本稿では、妊娠期間を制御している為、妊娠週当たりの胎児の成長を通じた出生時体重の増加と解釈できる。出生時体重への効果は、規制開始4~5年後に最も大きかった。興味深いことに、この結果は、規制の大気汚染削減に関するイベント・スタディ分析の結果と一致している(グラフを参照)。最後に、本稿では、ディーゼル車走行規制がトラックとバスの新車登録に与えた効果を分析し、規制遵守(新車買換えおよびディーゼル粒子除去フィルターの装着)による費用が約2500億円であったことを明らかにした。

本研究の政策的含意は二つある。一つは、ディーゼル車走行規制が、首都圏の公衆衛生の改善に貢献したことを明らかにした点である。これまでディーゼル車走行規制の大気汚染排出削減効果に関するエビデンスの蓄積が進んできたが、公衆衛生への効果については殆ど研究が行われてこなかった。本稿では、公衆衛生の対象を胎児に絞り分析を行ったが、規制の効果は、より広範囲(例:子供、成人、高齢者など)に及んだことが予想される。実際、外国では、自動車交通関連政策が、人々の健康改善に有効であるというエビデンスの蓄積が進んでいる。加えて、近年、大気汚染と教育成果や知能指数の関係が注目されている。ディーゼル車走行規制が、こうした公衆衛生以外のアウトカムに与えた効果を分析することは、適切に規制の政策評価を行う上で重要である。

二つ目の政策的含意は、ディーゼル車走行規制の地理的な適用範囲に関係する。規制は、首都圏全域に適用されたため、その範囲は13,500平方キロメートルに及ぶ。大気汚染対策としての自動車走行規制は、ヨーロッパの多くの都市でLEZ(Low Emission Zone)として導入されている。一般的にLEZは小規模である(例:ミランのLEZは8.2平方キロメートル、アムステルダムのLEZは20平方キロメートル)。ロンドンに導入されたヨーロッパ最大のLEZですら1,500平方キロメートルに留まる。LEZはヨーロッパの多くの都市で導入されているにも関わらず、フランス、ドイツ、イタリアにおいては未だEUの環境基準を満たすことが出来ていない。ヨーロッパにおいて規制強化の議論が進む中、首都圏全域に導入されたディーゼル車走行規制は、大規模LEZの成功事例として有用であると考える。

ディーゼル車走行規制が大気中の浮遊状粒子物質濃度に与えた効果に関するイベント・スタディ分析
ディーゼル車走行規制が大気中の浮遊状粒子物質濃度に与えた効果に関するイベント・スタディ分析