ノンテクニカルサマリー

公開市場操作に基づいた金融政策指数を用いた日本の非伝統的金融政策の評価

執筆者 Markus HECKEL(German Institute for Japanese Studies)/井上 智夫(成蹊大学) /西村 淸彦(政策研究大学院大学)/沖本 竜義(リサーチアソシエイト)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題の背景

公開市場操作は平常時においては金融政策変更の手段として用いられるものではなかった。しかしながら、2008年のリーマンブラザーズの破綻をきっかけとした世界金融危機時に金融政策金利が実質的な下限に到達して以来、米国連銀や欧州中央銀行など主要な中央銀行において、非伝統的な金融政策の重要な一部分となっている。また、日本においても、2001年3月の量的緩和政策、2010年10月の包括的金融緩和政策、2013年3月の量的・質的金融緩和(QQE)政策、2016年1月のマイナス金利政策など、多くの非伝統的金融緩和政策が継続的に行われていくなかで、公開市場操作は主要な役割を果たしてきた。

非伝統的金融政策は、主要な中央銀行において幅広く採用されているものの、そのマクロ経済効果に関しては、まだ確立されたものは少ない。その理由の一つとしては、非伝統的金融政策は、金融市場に資金を提供するだけでなく、リスクプレミアムの縮小や金融市場に流動性を供給するものなど、異なる政策目的を持つものが含まれており、多面的な側面を捉えることが難しいことが挙げられる。実際に、非伝統的な金融政策の効果を検証した多くの研究は、マネーサプライやシャドー短期金利などを利用し、非伝統的金融政策を1つの政策変数により一元的に捉えているものが多い。そのため、非伝統的金融政策を複数の側面から捉え、政策評価を行うことは非常に興味深い問題となっている。

このような状況を受けて、本研究は、金融政策手段として直接観測された公開市場操作のうち、21 種類の金融資産売買額から金融政策の目的ごとに作成された金融政策指数を用いて、政策目的ごとの金融政策効果を統計的に分析した。より具体的には、日本銀行の公開市場操作による量的緩和政策と様々な流動性供給を、[1] 無リスク資産の長期金利とリスク性金融資産のリスクプレミアムを低下させ、企業金融の市場環境を緩和する量的緩和政策、[2] 中期から長期の債権者や投資家への流動性供給を目的とした政策、[3] USドルファンドなど特定の市場への流動性供給を目的とした政策、そして最後に[4] 翌日物の政策金利を制御し金融機関の当座勘定を高い水準に維持する政策、の4つの政策指数に分類し、それぞれの政策効果を定量的に評価することを試みた。また、政策の変化に応じて、政策効果に変化が観察されるかどうかの検証も行った。

本研究の主な結果

本研究で得られた主な結果は次のようにまとめられる。まず、[2]を除いた3つの政策指数において、(1) 2008年半ば以前、(2)2008年半ば以降から2016年半ば、(3)2016年半ば以降、という金融政策効果の異なる3つのレジームが特定された。2013年3月に黒田総裁が就任し、2%の物価安定目標を導入するとともに、量的・質的金融緩和を開始したが、このタイミングにレジーム変化が観察されず、イールドカーブコントロールが導入された時期にレジーム変化が観察されたことは興味深い結果である。それとは対照的に、[2]の指数に関しては、第3のレジームへの移行が2011年の5月あたりに観測される結果となっており、これは2011年3月の東日本大震災後の長期の流動性供給政策の拡大を反映していると考えられる。次に、各レジームの政策効果を見てみると、福井総裁レジームと一致する第1レジームにおいては、政策効果は全体的に弱く、国債価格を上昇させたものの、GDPと株価に対しては短期的な弱い効果が示唆され、物価に対しては有意な効果は観察されなかった。また、第2レジームにおける、各政策指数に1標準偏差の金融緩和ショックを与えたときのGDP (gdp)、物価 (cpi)、国債価格 (svb)、株価 (topix)の反応であるインパルス応答関数を図示したものが図1である。図からわかるように、このレジームにおいては、公開市場操作によって実施された非伝統的金融政策は、[2]を除いた3つの指数で、非常に効果的であり、主要なマクロ経済変数に大きな影響を与えていたことが示唆された。第3レジームにおいて同様の図を描いたものが図2である。図からは、2011年半ば以降のレジームである[2]の指数に関しては、大きな効果が観察されているものの、日銀がイールドカーブコントロールを導入した2016年半ば以降のレジームと特定された、それ以外の指数に関しては、公開市場操作によって実施された非伝統的金融政策の効果が大きく低下していることが明らかとなった。

政策的インプリケーション

日銀は、2001年に量的緩和政策を実施して以降、包括的金融緩和、量的・質的金融緩和、イールドカーブコントロールなどの革新的な非伝統的金融政策を実施してきた。その過程の中で、公開市場操作は重要な役割を果たすようになり、様々な政策目的の公開市場操作が行われてきた。本研究の結果、政策目的にかかわらず、日銀の公開市場操作による非伝統的金融政策が、白川・黒田総裁前半時代において、実体経済やインフレに有意な効果があったことに加えて、政策目的やレジームにより政策効果が異なる可能性も示された。特に、4つのうち[2]を除いた3つの政策指数では、白川・黒田総裁前半時代は、非常に金融政策が効果的であったものの、イールドカーブコントロールが導入されて以降、金融政策効果が低下していることが示唆された。この結果は、白川総裁が行ってきた包括的緩和政策と黒田総裁が就任直後に導入した2%の物価安定目標や量的・質的金融緩和が同程度に有効であったことを示しており、興味深い結果となっている。また、イールドカーブコントロール導入以降、日銀による金融緩和の効果に陰りが見えている可能性も明らかにしており、イールドカーブコントロール政策の継続の意義や、今後の日銀による金融緩和政策の出口戦略に対して、示唆に富む結果となっている。

図1:第2レジームにおける各政策指数ショックのマクロ経済効果
図1:第2レジームにおける各政策指数ショックのマクロ経済効果
図1の注:各列の数字は政策指数の番号を表す。例えば、第1列は[1]の政策指数に1標準偏差の金融緩和ショックを与えたときのGDP (gdp)、物価 (cpi)、国債価格 (svb)、株価 (topix)のインパルス応答関数を表す。
図2:第3レジームにおける各政策指数ショックのマクロ経済効果
図2:第3レジームにおける各政策指数ショックのマクロ経済効果
図2の注:各列の数字は政策指数の番号を表す。例えば、第1列は[1]の政策指数に1標準偏差の金融緩和ショックを与えたときのGDP (gdp)、物価 (cpi)、国債価格 (svb)、株価 (topix)のインパルス応答関数を表す。