ノンテクニカルサマリー

社会コンテキストの観察されない異質性がある場合のマルチレベルデータ分析に関する因果推論の新しい方法について―男女の賃金格差と男女の職階格差の要素分析への応用

執筆者 山口 一男(客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

本稿は、処理確率の逆数の重みづけによるルービン流の因果分析を、例えば企業といった社会コンテキストと従業員の勤続年数や学歴といった個人の2つのレベルがあるデータの分析に用いる際の、新たな分析方法を開発し応用している。ルービン流の因果分析の方法は、結果(アウトカム)yに関する「y=f(x)」という統計的回帰分析の式などの予測式を全く仮定せず、実際には処理変数の「処理群」と「統制群」には標本がランダムに配置されていない場合に、各標本の処理群への割り当て確率(傾向スコアと呼ばれる)を推定し、その確率の逆数をデータにウェイトとしてかけると、あたかもランダムに配置されたような状態をデータ上作り出せるという、1980年代後半に、ルービンと同僚のローゼンバウムが証明した定理を基盤として発達した方法である。

  

この方法は、企業・学校・居住地域などが社会コンテキストの観察されないアウトカムへの影響があるとき、通常は各社会コンテキストを区別するダミー変数を個人レベルの制御変数と一緒に傾向スコアの推定に用いることで制御できる。観察されない結果への影響という意味は、企業の場合、例えば企業特性などの調査項目の影響では適切に反映されない影響のことである。しかし、もし社会コンテキストごとの標本数について、例えば処理群と統制群の双方に20ずつなど一定以上の標本数がないと、有効に用いることができない。例えばRIETIが2009年に行った『ワークライフバランスに関する国際比較調査』の日本版は企業とその従業者について重要なデータを集めているが、各企業の男女の従業員の標本数がそれぞれ10以下、8以下と少なく、もし性別の賃金などへの影響を、企業の効果を制御して見たいときには、企業別ダミー変数を傾向スコアの推定に用いられる条件を満たしていない。この場合通常は観察された企業の特性(例えば、男女別の従業員数や業種など)を、制御することになるが、観察されない企業のアウトカムに対する影響が考えられる時、それでは不十分となる。

本稿は、そのような場合に、できるだけ弱い追加の仮定のもとで、観察されない社会コンテキストの影響を取り除く方法について新たに開発して応用している。例えば男女の別が処理変数の時、ランダムな割り当てというのは男女の割合が、(1)学歴・勤続年数など結果に依存する個人属性と男女の別が統計的に独立になる、(2)各企業内での男女の割合が、企業によらず一定となる、(3)個人属性と企業の各組合せと男女の割合が統計的に独立になる、ことを意味するが、新たな方法は(1)と(2)の条件を達成し、(3)の条件は必ずしも成り立たないが、弱い追加の仮定を置き、それが成り立つなら(3)も成り立つような方法である。実際新たに開発した因果推論の方法がこれらの条件を満たすことは、論文中で数理的に証明している。

本稿はこのような目的で開発した分析方法を、DFL法と呼ばれる傾向スコアを用いる不平等の要素分解法と併用し、上記のRIETIの2009年データの分析に応用している。要素分解は2つの次元を持ち、その一つは観察された男女の不平等を(A)企業内の不平等と(B)男女の就業企業の違いによる不平等への要素分解であり、二つ目は観察された不平等を(C)男女の人的資本が同じでも生じる不平等と(D)男女の人的資本の違いによる不平等である。本稿では人的資本は「学歴」「年齢」「(現在の勤め先での)勤続年数」で測っており、「人的資本が同じ」という意味は「学歴、年齢、勤続年数」が同じという意味である。要素分解は観察された不平等をこれらの組み合わせに分解することで、表1でその構成がまとめられている。(A)と(B)の区別に観察されない企業の男女不平等への影響の制御が組み込まれているのが本稿の目新しい点である。

表1 男⼥格差の要素分解
男⼥格差 企業内男⼥格差(A) 就業企業の違いから⽣じる男⼥格差(B)
⼈的資本を制御しない時 観察された男⼥格差 (A)の格差 (B)の格差
⼈的資本の同等な男⼥の格差(C) (C)の格差 (A)かつ(C)の場合の格差 (B)かつ(C)の場合の格差
男⼥の⼈的資本の違いによる格差(D) (D)の格差 (A)かつ(D)の場合の格差 (B)かつ(D)の場合の格差

本稿の仮説はとくに(B)かつ(C)の場合の格差、すなわち男女の人的資本が同じであっても生じる男女の就業企業の違いが、男女格差に及ぼす影響に関係している。主たる関心は女性が男女の不平等が少ない企業への就業に留まる傾向、その意味で女性の勤め先の合理的選択、が統計上有意に確認できるか否かである。分析対象は上記のRIETI調査で調べた従業員100人以上の民間企業に勤めるホワイトカラー正社員の男女である。影響を調べたアウトカムは(1)収入の男女格差、(2)課長以上割合の男女格差、(3)係長以上割合の男女格差である。分析結果は以下を示した。

雇用者個人の年齢、学歴、勤続年数と各企業のアウトカムへの影響を制御して
(1)女性が、男性に比べ、男女所得格差の小さい企業ほどその企業での就業に留まる傾向は統計的に有意である。観察された男女賃金格差は、この企業選択効果がなかった場合に比べ、5.1%減少した。
(2)女性が、男性に比べ、男女の課長以上割合の差の少ない企業ほどその企業での就業に留まる傾向は統計的に有意でない。
(3)女性が、男性に比べ、男女の係長以上割合の差の少ない企業ほどその企業での就業に留まる傾向は統計的に有意である。観察された係長以上の職階の男女格差は、この企業選択効果がなかった場合に比べ、6.1%減少した。