ノンテクニカルサマリー

日本におけるクレジットデフォルトスワップと炭素排出量

執筆者 沖本 竜義(リサーチアソシエイト)/鷹岡 澄子(成蹊大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題の背景

近年、企業の炭素排出量に注目が集まっている。1997年12月に京都議定書が採択され、国の温室効果ガス排出量の削減目標がはじめて設定されて以来、話題になることは多かったが、各国並びに企業の温室効果ガス排出量削減の取り組みは限定的であった。しかしながら、2015年にパリ協定が採択され、全ての国が温室効果ガスの排出削減目標を5年毎に提出・更新する義務ができて以降、企業の炭素排出量削減努力の重要性は高くなっている。さらに、近年の気候変動への世界的な取り組みの一環として、日本政府は2020年10月に、2050年にカーボンニュートラルを実現する目標を掲げ、2021年4月の気候サミットでは、2030年までに、2013年の水準と比較して温室効果ガスの排出を46%削減する目標を公表した。これらの目標の到達には、企業のより一層の努力が必要となり、企業の炭素排出量に関する規制の強化や炭素税の導入などに関する議論も活発になっている。そのため、企業の炭素排出量は、このような動きが将来的に企業の収益を圧迫するカーボンリスクを測る指標とも考えられ、重要な指標となっている。

また、環境・社会・企業統治を考慮に入れたESG投資にも注目が集まっている。ESG投資は、企業の財務指標だけではなく、環境・社会・企業統治に関する項目にも焦点を当て、企業の長期的な持続性を重視した投資原則である。そのため、ESG投資は長期的な投資を目的とする年金基金などの機関投資家を中心に発展してきたが、近年ではヘッジファンドや個人投資家まで取り込み、より急速な拡大を成し遂げている。ESG投資の基本原則は、2006年に国連を中心に提唱された責任投資原則であり、2022年の6月時点で責任投資原則に署名した組織数は、5000を超え、2010年から4倍以上の増加となっている。また、世界的にESG投資の枠組みで運用されている資産の総額は、2022年6月時点で35兆USドルを超え、2010年と比較して7倍の規模となっている。脱炭素は、ESG投資の重要な項目であり、ESG投資の拡大が、企業の炭素排出量に対する注目度をより一層高いものとしている。

このような動きを受けて、本研究では、企業の炭素排出量と企業のCDSスプレッドの関係を包括的に分析することを試みた。具体的には、まず、企業の炭素排出量とCDSスプレッドの間の関係があるかを検証したうえで、企業の炭素排出量は企業活動が盛んであり高い収益が期待できることの証拠であるためCDSスプレッドを低下させるという収益仮説、ならびに企業の炭素排出量は将来的な規制強化や炭素税の導入などにより収益を圧迫しCDSスプレッドを上昇させるというカーボンリスク仮説を検証した。また、カーボンリスクは、投資家が企業の脱炭素能力を重要視するほど高くなる可能性がある。そこで、ESG投資が進展するにつれて、カーボンリスクが高くなる投資家意識仮説も検証した。さらに、カーボンリスクがセクターや格付けに依存するかの検証も行った。最後に、企業の炭素排出量がCDSスプレッドカーブに与える影響を明らかにすることも試みた。

本研究の主な結果

本研究で得られた主な結果は次のようにまとめられる。まず、分析の結果、企業の収益は、炭素排出量の最も重要な決定要因の一つであるが、投資家からの圧力が炭素排出量を有意に低下させ、その効果は投資適格企業のほうが、投機的格付企業よりも大きいことが明らかとなった。次に、ESG投資の発展を考慮に入れたうえで、炭素排出量が企業のCDSスプレッドに与える影響を分析した結果を図示したものが図1である。図1は、各Scope炭素排出量が1%増えたときの、CDSスプレッドの変化が年代別に図示されている。図からわかるように、2005年の時点では、炭素排出量は企業のCDSスプレッドを有意に低下させ、収益仮説と整合的な結果となった。しかしながら、2006年に責任投資原則が発足したのを契機に、ESG投資が進展し、投資家意識が高くなるにつれて、炭素排出量がCDSスプレッドを上昇させる炭素リスクプレミアムが生じていることも図から見てとれ、近年では、Scope 2と3の炭素排出量がCDSスプレッドを上昇させる傾向にあることが明らかとなっている。これらの結果は、カーボンリスク仮説と投資家意識仮説と整合的な結果である。また、セクター別の結果からは、脱炭素が比較的容易で、費用が小さいと考えられるセクターにおいて、炭素排出量がCDSスプレッドにより大きなインパクトを持つことが示された。さらに、炭素排出量がCDSスプレッドカーブに与える影響を調べたところ、炭素排出量は短期・長期にかかわらず、CDSスプレッドを上昇させるが、CDSスプレッドカーブの傾きをより大きくする傾向にあることが明らかとなった。

政策的インプリケーション

本研究の結果、排出量が多い企業は、カーボンリスクが高いとみなされ、CDSスプレッドが大きくなる傾向にあることが確認された。また、この傾向はESG投資の進展に連れて、投資家の意識が高まることにより、大きくなっていることも示唆されおり、ESG投資が今後、より一層進展していく可能性を考えれば、この傾向は今後も続いていくことが予想される。CDSスプレッドは、企業の信用リスクの基準の一つであり、ひいては資金調達コストに影響するものである。したがって、企業は炭素排出量により一層の注意を払う必要があり、企業が炭素排出量削減に取り組むことにより、CDSスプレッドを低下させ、資金調達コストを軽減できる可能性が確認されたのである。この結果は、企業にはすすんで炭素排出量を削減するインセンティブが存在することを示唆しており、大変興味深い結果である。また、この結果は、企業が脱炭素を促進する政策により積極的に従うインセンティブが存在することも意味し、政策の有効性が高まる可能性を示している点で、非常に示唆に富む結果であるといえる。

図1:炭素排出量順位がCDSスプレッドに与える効果
図1:炭素排出量順位がCDSスプレッドに与える効果
図1の注:Scope 1は、事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)、Scope 2は、他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出、Scope 3は、Scope 1・Scope 2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)、Totalは、Scope 1・Scope 2・Scope 3の合計を表す。