ノンテクニカルサマリー

輸出支援の価値:SARS下での広州交易会のケース

執筆者 Xue BAI(ブロック大学)/MA Hong(清華大学)/牧岡 亮(リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 市場高質化による自己増殖型変化への対応の文理融合研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「市場高質化による自己増殖型変化への対応の文理融合研究」プロジェクト

輸出展示会・商談会への参加を手助けすることによる企業への輸出支援は、世界各国の輸出支援機関によって行われている支援方法である。しかしながら、その企業の輸出行動に与える影響の分析は、輸出を開始するような意欲的な企業は展示会・商談会への参加支援を利用する傾向にある(自己選抜)などの問題により、因果関係を識別するのが困難である。フィールド実験を行わずにその因果関係を識別するためには、操作変数と呼ばれる輸出行動には直接影響を与えないが、展示会・商談会参加に対して影響を与えるような第三の変数(例:輸出支援機関による企業の展示会参加への勧誘)を見つけてくる方法や、もしくは制度変更や自然現象などにより、企業の輸出行動とは直接関係なく、企業への展示会支援に影響を与える事例を見つけてくる必要がある。

本稿では後者の方法を用いて、輸出支援としての展示会・商談会が、企業の輸出行動に与える影響を分析した。具体的には、世界最大規模の輸出展示会である中国・広州交易会と、2003年春に中国広東省で集団発生した重症急性呼吸症候群(SARS)について、SARSにより多くの買い手企業が広州交易会へ参加できなかった事例を自然実験として用いて、潜在的な買い手が少ない輸出展示会に参加することの、売り手中国企業の輸出行動に対する影響を分析した。図1は、2000年春から2006年秋までの、広州交易会の買い手参加者数と本研究で用いた玩具産業の売り手参加企業数をプロットしたものである。買い手参加者数は同期間内で上昇傾向にあるものの、SARSが発生した2003年春開催において大きく減少している。その一方で、SARSが発生した年次付近では、参加売り手企業数が横ばいであり、SARS期においても玩具売り手企業数が減少していないことがわかる。本研究では、この外生ショックを分析に用い、差の差推定法を利用して輸出展示会の効果を分析している。差の差推定法とは、政策の処置(ここでは、交易会への参加)を受けた企業群の政策前後での輸出行動の変化と、処置を受けていない企業群のそれを比較することで、政策の因果関係を求める計量経済学の手法である。

図1:広州交易会に参加した買い手・売り手数とSARS
図1:広州交易会に参加した買い手・売り手数とSARS
脚注:広州交易会ホームページの情報、売り手企業リストより筆者作成。縦線は、SARSの発生した2003年春を示す。SARS下で交易会買い手数は激減したものの、玩具産業の売り手数はほとんど変わらない。

分析の結果は、以下の3点に要約される。第一に、SARS期に広州交易会に参加した売り手玩具企業は、多くの買い手企業が来場している通常期と比べて、交易会参加後の輸出国数が5~7パーセント程度少なくなることが分かった。この結果は裏を返せば、SARS期のように買い手が少ない展示会・商談会と比べて、通常期の展示会・商談会への参加支援による企業の輸出支援には効果があることを示唆している。第二に、同交易会に参加する買い手企業数が少ないことによる負の効果は、サイズの小さい企業や貿易会社などを除いた生産企業において特に大きいことが分かった。それらの企業群は、一般の交易会参加売り手企業と比べて、例えば自社で国際展開を行う部門や海外バイヤーを調査する部門を保有していないなどの理由により、海外買い手企業との大きな情報障壁に直面していると考えられる。しがたって、そのような企業群において効果が特に大きいということは、本研究で得られた結果が、「展示会・商談会の情報障壁削減効果」のチャネルを通じたものであることを示唆している。第三に、交易会に買い手が少ないことの(通常期の交易会と比べた)負の影響は、長期間継続するものではなく、短期の影響にとどまることがわかった。図2は、SARS期に広州交易会へ参加することの効果が、参加時期以前・以降にどのように変化するかを図示している。この図から、①(通常期に参加するのと比べて)SARS期に広州交易会に参加することの輸出国数に与える影響は、交易会参加以前には統計的に有意な差はないが、②同交易会の数か月以降から負の影響を計測し、その効果は1年程度しか継続しないことが分かる。

図2:参加企業の輸出国数に対するSARSの影響
図2:参加企業の輸出国数に対するSARSの影響
脚注:各点は各期の推定値、付随する縦線は推定値の90%信頼区間を示す。