ノンテクニカルサマリー

所得税、賃金とその反応:デンマークの税制改革を使った実証研究

執筆者 角谷 和彦(研究員(政策エコノミスト))/Jesper BAGGER(University of London / Aarhus University)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

この研究では「所得税は課税前時間給に正の効果、負の効果があるか? 効果は静的か動的か? 背後にあるメカニズムは何か?労働供給への効果と比べて大きいか?」について実証分析している。所得税の効果は、労働供給(労働の量)に注目した研究が多くなされているが、本研究では、労働の質・価格である課税前時間給(以下、賃金と呼ぶ)に注目する。これは、税の賃金への効果が実証的にあまり分析されておらず、理論的にも自明でないからだ。限界税率が下がった場合、例えば教科書的な労働供給曲線、労働需要曲線の下では、労働者は労働供給を増やすため、均衡では賃金が下がると予想される。一方で、低い限界税率の下では人的資本の投資リターンが高くなるため、労働者はOJT等を通じて高い賃金を得るとも予想される。この例のように、税の賃金への効果は理論によって逆の結果が予想されるため、最終的な決着は実証的な問題と言える。

この問題を、デンマークの行政・税務データと1987年の税改革を利用して、差の差法(DID)を用いて分析した。まず、データはデンマーク全国民の所得や賃金等の詳細な情報を含んでいる。所得は給与所得等の年間所得で、本研究では、課税前時間給と定義される賃金とは区別される。分析に使うサンプルは妻も働いている、働き盛りの既婚男性である。実証戦略に利用される税改革についてだが、改革前は夫婦でも個人単位での課税であった。改革後、上・中・下の3段階に区分される累進課税制度において中区分にだけ、夫婦単位での課税が適用された。この制度変化により、次のような2人の男性(A、B)をサンプルから見つけ出すことができる。改革前、AとBは同じ所得を持っており、そのため、2人とも下区分の税を払っている。所得の同じ2人は年齢や学歴等も似ている。しかしAの妻の所得はBの妻の所得よりも高く、そのため、改革後、Aは中区分で高い税率に直面する一方、Bは下区分で低い税率に直面する。 以上のように、改革前は同じ税率、改革後は違う税率に直面するA(処置郡)とB(対照郡)を比較することで分析している。AとBは妻の所得以外、似た特徴を持っている。つまり、この研究では妻の所得を操作変数として利用している。操作変数の妥当性はDIDの平行トレンドの仮定とも関連しており、直接検定することはできないが、改革前のAとBの賃金が平行に推移していればもっともらしいと言えそうだ。

図

論文では、推定結果をnon-parametric graphical evidenceの形で提示している。図のx軸は年(87年が改革後の初年)、y軸は対数賃金の平均であり、86年を参照年にしている。●と実線がA(処置郡)で、■と点線がB(対照郡)である。改革前、同じ税率に直面しているが妻の所得が異なるAとBの賃金が平行に推移しているため、平行トレンドの仮定はもっともらしそうだ。改革後、高い税率に直面しているAの賃金成長が抑圧され、さらに、AとBの差が年ごとに少しずつ広がっているのも分かる。つまり税は賃金に対して、負の蓄積的な効果を持つことが示されている。論文ではこの他にも、背後にあるメカニズム(人的資本蓄積と転職)の分析や、税の労働供給への効果と賃金への効果の比較も行っている。