ノンテクニカルサマリー

ディマンドリスポンスにおける事前告知の影響:産業用電力需要家を対象とした実証分析

執筆者 五十川 大也(大阪公立大学)/大橋 弘(ファカルティフェロー)/穴井 徳成(東京電力ホールディングス株式会社)
研究プロジェクト 産業組織に関する基盤的政策研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「産業組織に関する基盤的政策研究」プロジェクト

2022年3月22日に東日本地域において電力需給ひっ迫が発生し、わが国国民に大きな動揺が走った。季節外れの寒波到来と同月16日における福島県沖地震による発電機の計画外停止といった不測の事態を背景にして、史上初の需給逼迫警報を発令するに至った。前年の2021年1月には、断続的な寒波により電力需要が大幅に増加し、液化天然ガス(LNG) の在庫が減少したことで発電が稼働抑制されている。今夏・今冬も需給ひっ迫が起こる可能性が指摘されており、とりわけ冬に関しては、東京から九州までの広い地域において供給力が足りず、東京ではマイナスの供給予備率の可能性が指摘される事態にもなった。

供給力を積み増すことが中長期的な対策として必要であり、なかでも需要ひっ迫を回避する即効性のある取り組みとして、ひっ迫時に電力需要を抑制するディマンドリスポンス(DR)という手法に注目が集まっている。本稿では、産業用電力需要家を対象に、DRの事前告知が電力の異時点間における消費パターンをどのように変えるのか、その効果について定量的な評価を行うことを目的にする。需給ひっ迫時に価格を高騰させて需要抑制を狙うクリティカルピークプライシング(critical peak pricing)や、需要を抑制した分だけ電気料金を引き下げるピークタイムリベート(peak-time rebate)の効果検証を行う研究は過去になされている中で、事前告知の影響の効果は、理論的にも定量的にもはっきりしておらず、本稿は新たな知見を提供することを目的にする。

電力需要推計で典型的に用いられる効用関数(CES)を用いて事前告知の理論的な効果を解析したところ、異時点間の消費の代替弾力性(σ)の値によって、事前告知の効果は異なることが明らかになった。図には2時点(t=0, 1)における簡素化されたモデルでの含意を示している。異時点間において電力消費が非弾力的な場合(0<σ<1)の場合、t=2において行われるDRがt=1に事前告知されると、需要家は異時点間での消費を馴らそうとするために、結果として事前告知がDRによる需要抑制効果を小さくすることが明らかにされた。無作為抽出された産業需要家におけるDRの定量的な効果においても、異時点間の代替弾力性が小さい場合と同様の事実が観測された。

但し、わが国ではDRが開始されて間もないこともあり、またそもそもDRの発動回数が増えるとDRの需要抑制効果は限定的になる。本稿の分析から、DRを最大限効果的に活用するためには、需要家に対してDRを効果的に行うノウハウを蓄積させることで代替の弾力性を高めること、そして事前告知における情報を確実に伝達し需要抑制につなげることが求められることなどが明らかにされた。

図 事前告知の効果と異時点間の代替弾力性(σ)
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図 事前告知の効果と異時点間の代替弾力性(σ)