ノンテクニカルサマリー

中小企業向け設備投資税制の因果効果

執筆者 細野 薫(ファカルティフェロー)/布袋 正樹(大東文化大学)/宮川 大介(一橋大学)
研究プロジェクト 企業成長のエンジン:因果推論による検討
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業成長のエンジン:因果推論による検討」プロジェクト

税制優遇措置の効果検証

多くの先進各国で中小企業を対象とした各種の優遇措置が取られている。本研究では、本邦中小企業の設備投資を対象とした税制優遇措置が、中小企業の設備投資行動と生産性に与える影響を実証的に検討した。

税制優遇措置が企業の設備投資に与える影響は、財政学、マクロ経済学、企業金融論の分野における最も重要な研究テーマの一つとして検討が進められてきた。こうした研究の流れを振り返ると、一国レベルで集計されたマクロデータに基づく古典的な実証研究の多くが、税制と設備投資との間の関係が弱いことを報告してきた中で、企業レベルのミクロデータを用いた実証研究が蓄積され、近年では税制優遇措置が設備投資を後押ししているという結果が複数報告されている。

こうしたミクロデータを用いた実証研究の中でも、近年の幾つかの有力な研究では、特定の企業群だけに適用される税制が前触れなく導入されたというイベントに着目した所謂「自然実験」手法に基づく実証分析が行われている。例えば、中小企業の投資促進税制の効果に関する数少ない先行研究の1つであるMaffini et al. (2019)では、イギリスの中小企業を対象とした加速度償却(1年目の減価償却率が通常より高いという制度)の効果を分析するために、2004年における中小企業の定義変更(範囲拡大)を自然実験として利用しており、加速度償却が利用可能になったことで中小企業の設備投資率が比較対象である大企業よりも2.1-2.5%ポイント増加したことを報告している。

設備投資優遇税制の「効果」

本研究では、まず、2014年度に生産性向上設備に対する租税誘因として導入された税制優遇措置(中小企業投資促進税制の上乗せ措置、2017年度に中小企業経営強化税制に改組)が中小企業全体の設備投資に対してどのような効果を有していたかを検討した。具体的には、東京商工リサーチ(TSR)の企業データを用いて、税制優遇措置を利用できる中小企業(資本金1億円以下)と、当該措置を利用できない大企業の中で比較的資本金規模の小さい企業(資本金1億円超10億円以下)について、2014年前後の設備投資比率(当期の設備投資額÷前期末の有形固定資産規模)の変化を自然実験手法のスタイルで確認した。分析の結果、2014年度における当該措置の「導入」が中小企業全体の設備投資比率を増加させたという事実は確認されなかった。海外の法人税減税制度の利用率に関する先行研究でも指摘されているように、こうした結果の背景には、制度を認識していない企業、赤字企業、投資機会を有しない企業の存在等が考えられる。

当該措置の効果をより詳細に検討するために、本研究では税制優遇を実際に「利用した」中小企業のリスト(中小企業庁が実施した「中小企業税制に関するアンケート調査(2021年度調査)」)を用いて、これらの制度利用中小企業の設備投資比率の変動を中小企業に比較的資本金規模の近い大企業(資本金1億円超10億円以下)と比較した。ここで、制度を利用した中小企業は収益性の高い設備投資機会に直面しているなど、何らかの特徴を有していると考えるのが自然であるため、比較に当たっては成長性や規模といった企業属性のほか、企業固有の観測不能な要因を制御した推定を行っている。また制度利用前の期間において、比較される両グループ(制度利用中小企業、中小企業に比較的資本金規模の近い大企業)の設備投資比率の動きが似通っていることも確認している。

下図は、分析から得られた「制度利用の設備投資に対する因果効果」を示したものである。図では横軸に年を、縦軸に資本金規模の小さい大企業に比して制度利用中小企業の設備投資比率(INVRATE)がどの程度高いかが示されている。制度利用開始年度が2014年度(左図)か2015年度(右図)かに依らず、制度利用開始年度を中心に設備投資比率が比較対象企業に比べて上昇していることが分かる。つまり、制度を利用した中小企業を類似企業と比較した場合には、設備投資優遇税制が設備投資を後押しした効果が確認されている。

設備投資比率に対する因果効果の推定結果
(左図:2014年度制度利用開始、右図:2015年度制度利用開始)
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設備投資比率に対する因果効果の推定結果(左図:2014年度制度利用開始、右図:2015年度制度利用開始)
注:両図の横軸は年を、縦軸は投資比率に対する因果効果(小数点表記)をその点推定値(実線)と95%信頼区間(破線)と共に示している。左図は2014年度に制度利用を開始した企業、右図は2015年度に制度利用を開始した企業を対象としている。

同様の分析を、一人当たり売上高(SALPE)に関して実施した結果が下図である。これらの結果からは、税制優遇措置の利用によって生産性が(特に長期において)改善していることが窺える。

一人当たり売上高に対する因果効果の推定結果
(左図:2014年度制度利用開始、右図:2015年度制度利用開始)
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一人当たり売上高に対する因果効果の推定結果(左図:2014年度制度利用開始、右図:2015年度制度利用開始)
注:両図の横軸は年を、縦軸は一人当たり売上高(単位:百万円)に対する因果効果をその点推定値(実線)と95%信頼区間(破線)と共に示している。左図は2014年度に制度利用を開始した企業、右図は2015年度に制度利用を開始した企業を対象としている。

制度利用企業において設備投資が促進され、生産性が改善する効果が認められたというこれらの結果は、幾つかの追加的な問いをもたらす。第一に、こうした結果がより強く発現した企業群が存在するのかという問いである。この点について、本研究における分析からは、より強い資金制約に直面しているケースにおいて設備投資比率の大幅な上昇が認められている。一方で、資金制約に直面していないと思われる企業群においては設備投資への正の因果効果は認められるものの、その効果は強い資金制約に直面しているケースよりも小さかった。この結果は、本研究が分析対象とした税制優遇措置の中心的な機能が、資本財価格の低下によって投資を促進する効果ではなく、資金制約に直面している企業の制約を緩和する効果にあったことを示唆している。第二に、設備投資の増加がどのようなメカニズムによって生産性の改善につながったかという問いである。この点について、本研究では資本装備率(資本÷労働)に対して制度利用が与えた影響を推定しており、興味深いことに資本装備率に対しては有意な効果が無かったことを確認している。この結果の解釈は企業が採用する会計方法の相違に加え、当該制度を利用して最新鋭の設備を導入した企業が同時に古い設備を除却するなどして設備の質を改善させたことで、生産性の改善が実現されたことを示唆している。

本研究の結果から、当該措置の「導入」が中小企業全体の設備投資比率を増加させたという事実は確認されないものの、資金制約に直面している企業を中心とする当該措置の「利用」によって、老朽化した設備を最新鋭の質の高い設備に入れ替えるという投資が後押しされることで、生産性の改善が促進されたことが窺える。これらの結果は、特定の政策の効果がより強く発現する条件が存在し得ることを意味しており、EBPMの観点から政策の立案・評価・再検討を実施するという一連のサイクルにおいてこうした実証的な分析結果に利用価値があることを示唆している。こうした知見は、政策の最終的な効果を見積もるためにも有用である他、ターゲットを絞った政策の立案と実施を通じて政策資源を節約することも可能となる。既に経済産業省・中小企業庁を中心としてこうした進んだEBPMの取り組みが始まっているが、今後も益々拡大していくことを期待したい。

参考文献
  • Maffini, G., J. Xing, and M. P. Devereux, 2019, “The Impact of Investment Incentives: Evidence from UK Corporation Tax Returns,” American Economic Journal: Economic Policy, 11(3), 361-389.