ノンテクニカルサマリー

トルコ経済への為替レートの影響

執筆者 Willem THORBECKE(上席研究員)/Ahmet SENGONUL(Sivas Cumhuriyet University)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

トルコでは、インフレが進む中で金利を引き下げるという異例のアプローチがとられた。政府の主張は、これにより為替レートが下落し、それが輸出を促進させるというものである。トルコの実質実効為替レートは2012年から2022年にかけて70%下落した。同国はまた、新型コロナウイルス感染症の大流行とロシア・ウクライナ戦争という2つのショックにも直面することとなった。為替レートの大幅な下落、コロナウイルスの大流行、そしてロシア・ウクライナ戦争は、トルコの輸出入やトルコ企業にどのような影響を与えるのか。

理論上、為替レートの下落は価格競争力を高め、これにより輸出量が増加するはずである。また、為替レートの下落は国内エージェントの購買力を低下させ、これにより輸入量が減少するはずである。これらの影響の規模については、実証研究が必要となる。

複数の推定結果において、為替レートの下落は輸出を増加させないことが示されている。分析結果では、輸入の大幅な減少につながることも示されている。トルコの生産構造において輸入投入財が重要な役割を担っていることを考慮すると、これらの分析結果は、リラ安がトルコ企業にマイナスの影響を与えることを示唆するものである。 この問題をさらに検討するために、本稿では為替レートに対するトルコの株式リターンのエクスポージャーを検証する。理論上、株価は将来のキャッシュフローの期待現在価値と等しいとされている。したがって、為替レートが株価に与える影響を見ることによって、為替レートがトルコ企業に与える影響を明らかにすることができる。リラ安が進行した場合、ほとんどの業種で株式リターンが低下することがわかった。

また、トルコでは新型コロナウイルス感染が5波にわたって発生した。第1波は2020年4月にピークを迎え(1日あたりの新規感染者数5,000人近く)、第2波は2020年12月にピークを迎え(新規感染者数33,000人)、第3波は2021年4月にピークを迎え(新規感染者数6万人超え)、第4波は2021年11月にピークを迎え(新規感染者数3万人)、第5波は2022年2月にピークを迎えた(新規感染者数10万人超え)。2022年4月末現在、トルコでは人口100万人あたり1,149人の死者が出ており、調査した228カ国中、84番目に多い数となっている。

トルコ政府は、新型コロナウイルスの蔓延を抑えるために、国内便および国際便の運航停止、65歳以上の市民などに対する夜間外出禁止令、対面授業からオンライン授業への切り替え、美容院、ショッピングモール、レストラン、カフェ、観光業など、密集や密接を伴う業種に対する業務禁止令など、様々な対策を講じてきた。

図1は、トルコにおける新型コロナウイルス感染症への対応の厳格度が、時間の経過や新規感染者数の増減とともに変化してきたことを示している。厳格度指数は、「オックスフォード大学新型コロナウイルス政府対応トラッカー」プロジェクトが算定したものである。同指標は、厳格度を9分野(学校閉鎖、職場閉鎖、公共イベントの中止、集会の制限、公共交通機関の閉鎖、外出自粛要請、国民への啓蒙活動、国内移動の制限、海外への渡航制限)で評価し、各分野の厳格度を日ごとに0~100のスコアで評価している。総合指標は、9分野それぞれの厳格度の値を単純平均したものである。

図1は、コロナウイルスの最初の感染例が見つかった直後から、政府が厳格な対応をとったことを示している。2020年3月の厳格度指数は19から76に上昇した。政府は2020年6月に制限を緩和したが、9月に再び厳格化し、第2波、第3波を通じて厳格な対応を維持した。2021年5月に第3波が収まると政府は制限を緩和したが、第4波と第5波では再び厳格化した。2022年3月に第5波が収まると、政府は制限を緩和した。

厳格な政策および新型コロナウイルスの新規感染者数の相対的影響度を調べるために、これらの変数の変化について回帰分析を行い、トルコ株式市場全体のリターンを説明する。厳格度指数の変化の係数は負の値で統計的に有意であったが、新規感染者数の変化の係数は統計的に有意ではなかった。厳格度指数の係数は、2020年1月から3月の間における同指数の上昇によって、株式の総リターンが3%減少することを示している。これらの結果では、トルコの株価と経済活動が抑制された要因は、コロナウイルスの感染者数自体ではなく、感染症拡大への政府の対応であったことが示されている。

2022年2月24日に始まったロシア・ウクライナ戦争によって新たな課題が生み出された。トルコは小麦とひまわり油の8割近くをロシアとウクライナから輸入している。トルコへの外国人観光客の2割近くはロシアとウクライナからの観光客である。また、天然ガスと石油の40%をロシアから輸入している。戦争に起因する商品価格の上昇は、インフレを招く可能性がある。欧州はトルコの主要な輸出市場であるが、戦争という難題に直面した今、欧州での需要が減速する可能性がある。

一方で、戦争はチャンスも生み出す。エルドアン大統領による和平仲介への意欲的な取り組みは、国際社会におけるトルコの地位を高めている。トルコ製ドローンはロシアの兵器に対して効果的で、トルコ製国防製品への需要が高まっている。多くの企業がロシアから撤退したことで、トルコ企業にとってロシア進出の機会が拡大した。

戦争がトルコ企業にどのような影響を与えているかを明らかにするため、2002年2月21日から2022年2月23日までのトルコの株式市場全体についてマクロ経済モデルを推定し、右辺変数のサンプル外実績値を用いて戦争開始後2カ月半のリターンを予測した。分析結果は、戦争中におけるトルコの株式市場のパフォーマンスが、予測を大きく上回ったことを示している。

以上を要約すると、リラ下落は輸入の大幅な減少を招くが、輸出の増加にはつながらないことがわかった。また、リラ下落は多くの業種で株価を低下させる。それでもなお、トルコ経済は過去3年間、底堅く推移している。新型コロナウイルス感染症が大流行する中、トルコ経済はサプライチェーンのアジアからの移転の恩恵を受けた。ロシア・ウクライナ戦争の最初の数カ月間、トルコの株式市場のパフォーマンスは予測式に基づく予測をはるかに上回っている。しかし、こうした好成績はリラ安にもかかわらず生じたものであり、リラ安に起因するものではない。通貨が強くなれば、国内企業や消費者の購買力が高まる。これは、企業が輸入投入財に依存している場合や、消費者が食料品など多くの輸入品を購入している場合に重要となる。また、通貨高は輸出を鈍らせる要因とはなりにくい。政策立案者は、トルコリラの強化につながる政策を選択することを検討すべきである。

図1 トルコにおける新型コロナウイルス感染症に関する制限の厳格度を測定する指標および新型コロナウイルス感染症の新規感染者数
図1 トルコにおける新型コロナウイルス感染症に関する制限の厳格度を測定する指標および新型コロナウイルス感染症の新規感染者数
注:厳格度指数は、「オックスフォード大学新型コロナウイルス政府対応トラッカー」プロジェクトが算定したものである。同指標は、厳格度を9分野(学校閉鎖、職場閉鎖、公共イベントの中止、集会の制限、公共交通機関の閉鎖、外出自粛要請、国民への啓蒙活動、国内移動の制限、海外への渡航制限)で評価している。各分野の厳格度を日ごとに0~100のスコアで評価している。総合指標は、9分野それぞれの厳格度の値を単純平均したものとなっている。新型コロナウイルス新規感染者数は、その日にトルコ国内で記録された新規感染者数を表す。