執筆者 | Samuel HARDWICK(The Australian National University)/ARMSTRONG, Shiro(客員研究員) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
国家間の政治的関係が良いほど、貿易量も増えるのだろうか。政治的に緊張状態にある国家間では、貿易量は減少するのだろうか。膨大かつ内容豊かな文献から、何世紀にもわたる貿易と政治的関係との複雑な関連が明らかになっている。
貿易により政治的な敵対や軍事紛争が軽減する可能性は高いが、必ずしもそうなるとはいえない。政治的な緊密さや緊張が、時には貿易に影響を与える。状況によっては、戦時中も相手国との貿易を継続した例もある。文献によれば、各国が自由に貿易するか、あるいは地政学的状況に沿って貿易を行うかは、それぞれの貿易関係やその期間に特有の条件に左右される。各国が貿易を行っている制度的背景が重要となるのだ。
GATTとWTOに支えられた世界貿易体制の多角的なルールや規範がなければ、国際貿易は力により支配され、政治的同盟によって動かされる可能性が高い。このような力学は、世界大戦間の時期、そして冷戦期を通して見られた。
各国政府は、意見の相違をめぐって他国を罰するような貿易制限的政策は、それが多国間ルールに違反する場合、展開しにくくなる。さらに、そのようなルールに参加しそれを施行するためには、国内および国際市場への介入をより困難にするような制度改革の必要に迫られることも多い。これには、政策に関する透明性、予見可能性および協議を増加させるための改革が含まれる。2001年の中国のWTO加盟に至るまで、そして加盟後についても、WTO加盟が制度改革に与える影響について幅広く研究・執筆がされてきた。
本稿では、WTO加盟を含む制度的条件が、国家間の政治的取引の好不調の貿易に対する影響をどのように低下させ得るかを考察する。WTOに加盟するためには、通常、国際ルールに対するコミットメントに加え、国内の制度面での能力の強化が必要となる。WTOに加盟することは、国内制度を強化し、各国政府を結びつけ、保護主義的政策あるいは国粋主義的政策の魅力を減じさせるような国際ルールに参加することを通じて、貿易を増加させると同時に、政治的浮き沈みに対する貿易の流れの反応性を低下させる効果を持ち得ると、我々は提案する。
世界の2大経済大国間の競争の時代にあっては、政治的距離が貿易に及ぼす影響を理解すること、そしてWTOの持つ、保護主義を抑制し地政学的目的で貿易制裁を発動することを制限する能力を理解することが重要である。
こうした影響を検討するために、一定期間において2カ国が関与した紛争および協力イベントに基づき、政治的距離の指数を構築した。政治的距離とは単に、2つの国がある特定の時点においてどれだけ近しい(友好的)か、あるいは距離がある(対立的)かを意味する。イベントデータに基づく政治的関係の指数は、政治学と経済学で広く用いられている。ここでは、Global Database of Events, Language, and Tone (GDELT、2022) の高頻度データを用いて構築した。例として、中国と米国の月次政治距離指数を図に示す。
四半期や年次よりも、月次データのほうが貿易に対する政治的ショックの時間軸を最もよく反映していることを示し、月次パネルデータを用いて一連の構造的重力モデルを推定した。重力モデルは国際経済学の主力であり、距離や経済規模、その他の変数が貿易に与える影響を説明するのに役に立つ。我々はこれに、政治的距離の指数、各国がWTO加盟国かどうか、民主主義国かどうか、そして国内統治の質の評価を組み込んだ。
WTOへの加盟、民主的な政治システム、そして強力な国内統治制度が、予測のつかない政治的変動が各国間の貿易に与える影響の軽減と関連していることを、我々は発見した。WTOと多角的貿易体制の強化は、政治が貿易に与える影響を軽減することができる。時代遅れのルールと、最大の貿易国・経済国である中国と米国の両国が政治的利益を求めて貿易制裁を展開することでこれらのルールを弱体化させることにより、WTOへの信頼が低下している状況下では、我々の知見を理解することは適切かつ重要である。主な研究結果の1つとして、WTOへの加盟は、貿易相手国が民主主義国に分類されるか否かにかかわらず、貿易に対する政治の影響の軽減と関連し、米国・中国間の動きが激しい近年(2017年~2021年)をサンプルから除外した場合、この傾向はより強くなるということである。