ノンテクニカルサマリー

金融危機がトリレンマ政策ミックスに与える影響

執筆者 ジョシュア・アイゼンマン(南カリフォルニア大学 / NBER)/メンジー・チン(ウィスコンシン大学 / NBER)/伊藤 宏之(客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

長年にわたり、政策立案者は、金融政策の独立性、為替レートの安定性、金融市場の開放性の3つの政策をすべて最大限に達成できるわけではないことを認識した上で、様々なポリシーミックスを模索してきた。いわゆる「金融のトリレンマ」仮説である。

トリレンマ仮説は図1のような三角形を使ってよく表現される。三角形の3辺(金融政策の独立性、為替レートの安定性、金融市場の統合)は、それぞれ潜在的に望ましい目標を示しているが、3辺すべてに同時に存在することは不可能である。例えば、一番上の頂点である「変動相場制」では、金融政策の自立性と金融の開放性は十分に確保されているが、為替レートの安定性は確保されていないということである。

歴史的に見ると、金本位制では資本の自由な移動と為替レートの安定性が保証され、ブレトン・ウッズ体制では金融政策の自立性と為替レートの安定が達成できるが、金融市場は閉鎖的であるなど、異なる国際金融システムで3つの政策目標のうち2つを組み合わせてきたことがわかる。それぞれの国は、金融危機や大きな経済的ショックが起こる度に、ポリシーミックスを再構築してきたということを考えると、3つの政策オプションの一つ一つにマクロ経済政策を管理する上でメリットとデメリットの両方が混在していることを示唆している。

過去20年間、為替レートの柔軟性を高めることを選択する途上国が増える一方で対GDP比の外貨準備(IR/GDP)は、特にアジア通貨危機の後に、新興国の間で劇的に増加した。1990年から2011年の間に世界の外貨準備は約1兆ドルから10兆ドル以上に、2020年には15兆ドルに増加した。現在、世界のIRの約4分の3は途上国が保有しており、地理的にアジアに集中している。特に中国の外貨準備は1990年時点で世界の外貨準備の2.8%しか保有していなかったのに対し、2020年には約23.6%まで比率を高めるなど、最も際立った変化が起きている(図2)。

近年、IRの保有は、流動性不足に対するバッファーや保険として重要な政策手段として認知されている。多くの研究者が、IRの蓄積の決定要因として金融自由化の重要性の高まりを指摘しており(Aizenman and Lee, 2007; Cheung and Ito, 2009; Delatte and Fouquau, 2012; and Obstfeld, Shambaugh, and Taylor 2009)、トリレンマの構成変化とIR水準の関連性を示唆している。

実際、十分な量のIRを保有することで、3つのトリレンマ政策のうち、ある特定の政策目標が可能になる。例えば、安定した為替レートと金融の自主性を追求する国は、為替レートの安定性と金融の自立性を手放さずに国境を越えた金融取引を自由化することができるかもしれない。このような場合、金融当局は、金融の自立性を維持しつつ、為替レートの動きを安定させるために相当量のIRを保有しようとするかもしれない。あるいは、金融市場が開放され、為替レートが固定されている国では、大量のIRを保有する限り、一時的ではあるが、金融政策を独自に施行することができる。

通貨危機のような重要かつ根本的な経済事象は、しばしば政策ミックスを変化させた。本論文では、トリレンマの観点とIR保有という観点から、各国のポリシーミックスが時代とともに変化してきたことを明らかにした。そして、アジア金融危機(AFC)の前後で、3つのトリレンマ政策とIR保有率の組み合わせが劇的に変化したことを示している。しかし、2008年の世界金融危機は、政策アレンジの顕著な変化にはつながらなかった。

トリレンマ政策とIR保有に影響を与える要因をSUR推定法を使って回帰分析した。

一般に、途上国はAFCの後、IRの保有を増やし、危機時に大きな交易条件(TOT)ショックにさらされた国や経済成長が鈍化した国ほど危機後にIRをより多く保有し、為替の柔軟性を追求する傾向があった。これらの結果は、将来の金融不安に備えてIRを保有するという保険的な動機があることを示している。

この特徴は、一次産品輸出国には当てはまるが、製造業輸出国には当てはまらない。経常赤字が大きい国は、AFC時の経済成長に対してより敏感である傾向がある。IMFの安定化プログラム下にある国や政府系ファンドを持つ国は、IRをより多く保有する傾向がある。これらの特徴は、GFCの直後には見られなかった。一般的に、各国はGFC後にIRの保有を増やしたが、危機時の経済的・制度的な状況は説明要因にはならなかった。

引用文献

  • Aizenman, J. and J. Lee. 2007. "International reserves: precautionary versus mercantilist views, theory and evidence," Open Economies Review, 18 (2): 191-214.
  • Cheung, Y.W. and H. Ito. 2009. "Cross-sectional analysis on the determinants of international reserves accumulation," International Economic Journal, Vol. 23, No. 4: 447-81.
  • Delatte, Anne-Laure and Julien Fouquau. 2012. "What Drove the Massive Hoarding of International Reserves in Emerging Economies? A Time-varying Approach." Review of International Economics, 20: 164-76.
  • Obstfeld, M., J.C. Shambaugh, and A.M. Taylor. 2009. "Financial Instability, Reserves, and Central Bank Swap Lines in the Panic of 2008." NBER Working Papers 14826. Cambridge, MA: National Bureau of Economic Research (March).
図1:“国際金融のトリレンマ”
図1: “国際金融のトリレンマ”
図2:国別グループIR保有率(世界全体に対する割合)
図2:国別グループIR保有率(世界全体に対する割合)
参考文献
  • Fleming JM. 1962. "Domestic financial policies under fixed and floating exchange rates." IMF Staff Papers 9(3):369–379.
  • Mundell, R.A. 1963. "Capital Mobility and Stabilization Policy under Fixed and Flexible Exchange Rates." Canadian Journal of Economic and Political Science. 29 (4). pp. 475–85.
  • Rey, H. 2013. "Dilemma not Trilemma: The Global Financial Cycle and Monetary Policy Independence," prepared for the 2013 Jackson Hole Meeting.