ノンテクニカルサマリー

サプライチェーンネットワークを通じた需要ショックの伝播

執筆者 荒田 禎之(研究員)/宮川 大介(一橋大学)
研究プロジェクト 企業成長のエンジン:因果推論による検討
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業成長のエンジン:因果推論による検討」プロジェクト

日本経済は様々な「ショック」から影響を受けてきた(いる)。過去四半世紀の主たるショックとしては、90年代後半の銀行危機、阪神淡路大震災、ITバブル崩壊、東日本大震災、世界金融危機、そして現下のコロナ禍やロシアにおける地政学的リスクの顕在化、などが挙げられるだろう。これらのショックが企業の経済活動へどのように波及し、結果としてどのようなマクロ経済の変動を生み出すのかは、マクロ経済学における最も重要な研究テーマの一つとされてきた。

Acemoglu et al. (2012)などによる近年の理論研究の進展は、個々の企業に生じた生産性変動などのショックが、サプライチェーンネットワークを通じてどのように個々の企業活動に波及し、結果としてどの程度のマクロの経済変動を生み出したかを理解するフレームワークを提供している。また、こうした理論的検討を基盤としながら、個々の企業とサプライチェーンネットワークに関する膨大なデータを用いたショックの波及と経済変動に関する実証的検討も進んでいる(例:Barrot and Sauvagnat 2016; Boehm et al. 2019)。

実は、こうした一連の研究は、その殆どがサプライチェーンの「上流」からショックが波及するメカニズムやインパクトを対象にしている。分かりやすい例は、自然災害によって中間投入物を生産する企業の活動に支障が生じ、結果としてそれらの中間投入物を用いる生産者にも負の影響が及ぶというものだ(例:Carvalho et al. 2021)。

しかし、各種の報道によれば、コロナ禍において需要が消失した飲食業や宿泊業から仕入先へ負の影響が波及しているとされる。世界金融危機において日本企業の輸出が急減した際にも同様の懸念が示されていた。本研究では、既存研究において十分な検討が進んでいない、この「下流から上流への需要ショックの波及」について実証的な検討を行った。

以下の図は、世界金融危機(左図)とコロナ禍(右図)を対象として、輸出急減と飲食・宿泊などの業種における売上急減という負の需要ショックが、これらのショックから直接的な影響を受けなかった仕入先に対して、どのように波及したかを推定した結果である。分析の特徴として、ショックの影響を見積もるための標準的な計量経済学的手法に機械学習手法を取り込んだ推定手法(Wager and Athey 2018; Athey et al. 2019)を用いることで、仕入先の規模(売上高、平面上で左方向に伸びる軸)とこれらの企業からみた販売先の平均的な規模(売上高、平面上で右方向に伸びる軸)のパターン毎に、仕入先へのショックの波及度合いが異なる可能性を許容している。下図では、縦方向にこの波及度合いの推定結果が示されており、大きな値(例:赤色の部分)は負の需要ショックが仕入先企業の大幅な売上減少という形(プラスの因果効果)で波及したことを意味する。

世界金融危機(左図)とコロナ禍(右図)における需要ショック波及の推定結果
世界金融危機(左図)とコロナ禍(右図)における需要ショック波及の推定結果
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注:図の縦軸(高さ)は販売先の需要ショックが仕入先に波及する度合いを示す。図の底面で左上方向に延びる軸は仕入先の規模(売上高)、同右上方向に延びる軸は販売先の平均的な規模(売上高)を示す。波及の度合いはこれら2変数の大小に関するパターン毎に推定されている。

まず、金融危機時の輸出急減が、相対的に規模の大きな仕入先に対して波及していることが分かる(左図の赤色ゾーン)。ここで、輸出急減に見舞われた販売先(輸出企業)の規模が相対的に大きいという点を踏まえると、左図からは、規模の大きな輸出企業から規模の大きな仕入先への強い波及があった一方で、小規模な仕入先へは波及していない(左図の青色ゾーン)という意外な結果が得られていることも分かる。次に、コロナ禍において需要が消失した企業(飲食・宿泊業など)の規模が平均的に小さいことを踏まえながら右図を確認すると、上記の結果とは異なり、仕入先が小さい場合においてもショックが波及していたことが分かる(右図の右上緑もしくは黄色ゾーン)。要すれば、金融危機時に企業規模の大きな輸出企業が受けた需要(輸出)ショックが規模の「大きな」仕入れ先のみへ波及したのに対して、コロナ禍において企業規模の小さな飲食・宿泊業企業が受けた需要(消費)ショックは規模の「小さな」仕入れ先にも波及していた。

こうした結果の違いは何を意味するのだろうか。特に、金融危機時に規模の小さい仕入先へショックが波及していなかったという点は、そのメカニズムに関する追加的な検討を動機づけるものである。例えば、輸出企業(販売先)が在庫の積み増しを甘んじて受け入れることで小規模な仕入先へショックが波及しないように防波堤としての役割を果たした、小規模な仕入先が速やかに代替的な販売先との取引を開始した、などの想定もあり得るが、データに基づく検証の結果何れも尤もらしい仮説とは言い難い。本研究では取引価格の情報が利用できないため、具体的に輸出企業(販売先)と仕入先の間でどの様な取引関係の変化が生じたのかを詳細に計測することが出来ないが、一つの仮説として、平均的に見てこれらの小規模な仕入先が提供している財・サービスが、規模の大きな輸出企業(販売先)の生産活動の変動から大きな影響を受けないマイナーな存在であった可能性が挙げられる。我々が用いたデータには、販売先と輸出先の双方から収集した取引先のリストが含まれているが、実際に、小規模な仕入先は大規模な販売先を重要な取引先としている一方で、その逆は限定的である。この事実は、取引先として相互に重要視されている場合においてショックが強く波及する一方で、片方のみが取引先を重用している場合にはその限りではないというある意味で自然なメカニズムを示唆している。

以上の結果は、危機に際しての政策対応に幾つかの重要な含意を与える。第一に、ショック波及の度合いに経路毎の異質性があるという点である。既述の通り、大規模な輸出企業が受けた需要ショックは大規模な仕入先に波及するが、小規模な仕入先への波及は小さい。勿論、これらの仕入先の中には代替の効かない財・サービスを提供している企業もあるため更なる異質性の考慮も重要だが、ショック波及の強弱は、危機時における政策介入のターゲットを見定める上では重要な情報となる。

第二に、ショックの性質によって波及の経路が変わり得るという点である。現下のコロナ禍にあっては、需要ショックの直接的な影響を受けた主体(販売先)が相対的に小規模な企業であった。これらの企業は小規模な仕入先と相互に重要な取引先として繋がっているため、結果としてそれらの間でショックが波及する。この結果は、危機時における政策介入のターゲット設定においてショックのそもそもの性質を見極めることが重要であることを意味している。

第三に、負のショックを分析対象とした本研究の範疇を超えるが、ショックの波及に関する(異質性の探索を含めた)これらの検討は、大企業から中小企業への所謂トリクルダウンに関する懸念にも繋がる。既述の通り、本研究の実証結果は、大規模な販売先の生産規模の変化に小規模な仕入先の業績が反応しない、というものである。この結果は、仮に政策支援を含めた何らかのショックで販売先たる大企業の業績が上向いても、その恩恵が小規模な仕入先には及ばないという可能性を示唆している。

本稿での検討は、既存研究の蓄積が乏しい「下流から上流への需要ショックの波及」について、波及に関する異質性を明示的に考慮した実証分析を行ったものである。現在既に取り組みが始まっているように、企業レベルのより網羅的な情報(例:税務データ)や取引関係を計測するより包括的なデータ(例:通関データ、インボイス関連データ)の利用が進むことで、当該分野における学術面での新たな進展が可能となるほか、様々な政策・実務的観点からのニーズに対応したきめ細やかな分析も可能になるだろう。

参考文献
  • Acemoglu, D., Carvalho, V. M., Ozdaglar, A. E., and Tahbaz-Salehi, A. (2012). The Network Origins of Aggregate Fluctuations. Econometrica, 80(5):1977–2016.
  • Athey, S., Tibshirani, J., and Wager, S. (2019). Generalized random forests. The Annals of Statistics, 47(2):1148–1178.
  • Barrot, J. and Sauvagnat, J. (2016). Input Specificity and the Propagation of Idiosyncratic Shocks in Production Networks. Quarterly Journal of Economics, 131(3):1543–1592.
  • Boehm, C. E., Flaaen, A., and Pandalai-Nayar, N. (2019). Input Linkages and the Transmission of Shocks: Firm-Level Evidence from the 2011 Tohoku Earthquake. Review of Economics and Statistics, 101(1):60–75.
  • Carvalho, V. M., Nirei, M., Saito, Y. U., and Tahbaz-Salehi, A. (2021). Supply chain disruptions: Evidence from the great east japan earthquake. The Quarterly Journal of Economics, 136(2):1255–1321.
  • Wager, S. and Athey, S. (2018). Estimation and inference of heterogeneous treatment effects using random forests. Journal of the American Statistical Association, 113(523):1228–1242.