ノンテクニカルサマリー

ダウンサイジングは企業パフォーマンス向上に有効かー事業所レベルデータを用いた分析

執筆者 奥平 寛子(同志社大学)/滝澤 美帆(学習院大学)/山ノ内 健太(香川大学)
研究プロジェクト 企業成長のエンジン:因果推論による検討
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業成長のエンジン:因果推論による検討」プロジェクト

人員削減は、企業が業績不振などの難局から回復するための重要な経営判断だ。しかし、ダウンサイジングにより企業が業績の回復に成功し、その結果、イノベーションを促進するかどうかは議論の余地がある。いくつかの先行研究でも、企業のダウンサイジングと企業業績の関係が分析されているが、ダウンサイジング企業がどのように内部資源を配分し、最終的には生産性向上やイノベーションを達成したかどうかについてはほとんど知られていない。

本研究では、日本の製造業事業所の詳細なデータと早期・希望退職データを利用し、早期・希望退職を発表した事業所の業績を早期・希望退職を発表していない事業所の業績と比較することで、ダウンサイジングが生産要素の配分や生産性、製品開発に与える影響を分析する。更に事業所内の従業員の年齢分布に関する情報も接続し、企業特殊的人的資本投資の観点からメカニズムの解明を試みる。推定に際しては、処置タイミングが異なる差分の差手法に関する最近の研究を受け、これらを考慮した分析を行った(staggered Difference-in-Differences)。

分析の結果、早期・希望退職を発表した後に、事業所は雇用水準を約10%削減していることが明らかとなった。この効果は発表後少なくとも4年間は持続していた。また、資本も大幅に削減している。こうした生産要素の変化は、企業の早期・希望退職の主な理由が生産規模の縮小であったことを示唆している。また、生産性の大幅な改善はみられず、早期・希望退職発表の年に雇用水準の低下により資本集約度(K/L)は増加したが、資本の大幅な減少に伴い、その後は資本集約度も低下し続けている(以下の図)。

また、早期・希望退職がイノベーションに与える影響については、事業所の製品イノベーションの促進に寄与していないことが明らかとなった。対照企業と比較しても、新製品の追加や既存製品との入れ替えをしていない。つまり、早期・希望退職発表から数年が経過しても、製品革新に取り組まなかったという意味で、早期・希望退職発表事業所はイノベーションには寄与しなった。

次に、早期・希望退職と事業所内の年齢構成の関係について分析を行った。Lazear and Gibbs (2014)やLazear and Freeman (1997)によると、企業特殊人的資本投資を行う企業では、年齢構成の両端にいる従業員をレイオフの対象にすることが合理的である。つまり、企業はキャリアを始めたばかりの若年の従業員にはそれほどスキル投資をしておらず、また、退職間近の労働者からは投資分は回収しているため、若年や高年齢層をレイオフの対象にすることが合理的であり、投資分が回収できていないキャリアの途中にいる中年労働者はターゲットになりにくいとの指摘である。本研究では、早期・希望退職の発表が労働者の分布を特定の年齢層に偏らせていないかどうかを検証し、企業固有のスキルの損失が、レイオフから時間を経ても、事業所が製品イノベーションの点で優れていない理由を説明しているかどうかを検証した。

分析の結果、早期・希望退職の発表は従業員の年齢分布を中高年層に偏らせることが明らかになった。ただし、上記の理論的示唆とは異なり、50代以上の従業員割合はほとんど変化せず、20歳代の従業員の割合が大幅に減少していた。仮に年齢とともに創造性が低下するならば、若年労働者の喪失は企業のイノベーションの未来を損なう可能性がある。こうした早期・希望退職による若年労働者の喪失により、新製品の開発などが進まなかった可能性も示唆される。

企業との長期的な関係を築くことに対して早期・希望退職の募集が負のシグナルを与える場合、スキル投資へのリターンが低くなるため、自発的に離職することは労働者にとっては合理的な判断である。若年労働者は、中高年層と比べて先のキャリアが長く、負のシグナルは特に若年層で顕著に作用しやすい。スキル投資の観点から若年従業員と長期的関係を築くことが望ましいのであれば、企業は不況時に早期・希望退職募集を行うよりも、平時から既存人材をリスキリングする等の戦略を取ることで将来のイノベーションの創発を下支えすることができる。

図
参考文献
  • Lazear, Edward and Michael Gibbs, Personal economics in practice, third edition ed., Wiley, 2014.
  • Lazear, Edward and Richard Freeman, Relational Investing: The Worker’s Perspective (In Meaningful Relationships: Institutional Investors, Relational Investing and the Future of Corporate Governance),Oxford University Press, 1997.