ノンテクニカルサマリー

グローバルサプライチェーンおよび新型コロナ時代におけるインドネシアとベトナム:二つの国の物語

執筆者 Willem THORBECKE(上席研究員)/加藤 篤行(リサーチアソシエイト)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

過去20年間の経済成長にも関わらず、インドネシアの電子・機械産業および労働集約部門はグローバル・バリュー・チェーン(GVCs)にあまり参加できていない。これに対して、ベトナムはGVCsへの参加により繊維・アパレル産業や電子産業において輸出を大きく伸ばしている。海外直接投資(FDI)の誘引によるGVCsへの統合と製造業輸出の高度化は海外からの物流、価格ショックに対する耐性を強め、技術獲得の機会をもたらすものであり、インドネシアはFDIをより引き付けることで利益を得られると考えられる。本研究では、どのようにすればインドネシアがより海外直接投資(FDI)を引き付け、輸出を高度化し、COVID-19のパンデミックに耐え抜くことができるかについてベトナムから教訓を得る。

インドネシアの輸出構造

表1はインドネシアとベトナムの輸出バスケットを比較したものである。インドネシアの主要な輸出品目は農作物(23%)、鉱物(18.7%)、サービス(15.8%)、繊維製品(9.6%)、化学製品(8.3%)となっている。一方、ベトナムの主要輸出品目は電子部品(38.3%)、繊維製品(22.4%)、農作物(10.2%)、機械(7.9%)、サービス(5.4%)である。ASEAN諸国では地域バリュー・チェーンを通じて電子部品の輸出が過去30年間に急拡大しており、ベトナムはその機会をつかんでいるがインドネシアはそうなっていない。また、Hidalgo and Hausmann (2009)による製品複雑性指標(PCI)の計算結果からは、インドネシアの輸出品目が高度化されていない一方で、ベトナムの輸出は高度化された輸出品目を含んでいることが示されている。ベトナムの国レベルでの複雑性指標ランキングは1995年の107位から2019年には52位と大幅に改善している。対照的に、インドネシアの複雑性指標ランキングは停滞し、2002年の55位から2019年には61位へと下がっている。この両国の輸出構造の違いはFDIによって説明される。ベトナムへのFDI流入は着実に増加しており、2020年時点ではGDPの66%に達している一方で、インドネシアでは同年にGDPの23%にとどまっており、その半分以上は非製造業部門である。

インドネシアはなぜGVCsに参加できていないのか?

インドネシアがGVCsにうまく参加できていない理由として、1.非関税障壁を用いた保護主義政策の導入、2.人的資本形成の不備、3.ロジスティクスにおける諸問題が考えられている。インドネシア政府は過去の植民地経験から海外投資家に対しては疑念を抱いている。海外投資家による鉱業、エネルギー産業への投資が資本集約産業を拡大させた一方で多国籍企業を支える中小企業の活動を圧迫してきた。また、インドネシアの人々はアジア金融危機(AFC)期間中に国際金融機関が失敗したという認識から、AFC以降、それら機関の勧めるグローバル化や自由化には不信感を持っている。スハルト大統領辞任後、インドネシアでは利益団体のレント・シーキングに基づいて多くの非関税障壁や保護主義的政策が採用されたが、それらは輸出を減少させた。これに対して、ベトナムでは1986年に導入されたドイ・モイ改革よって経済自由化、FDI誘引、二重為替レートの廃止、自由貿易協定(FTAs)を通じた国内改革が推進され、GVCsへの参加を通じた目覚ましい経済成長を実現している。人的資本形成に関して、インドネシアでは2002年の憲法修正により予算の20%以上を教育に充てることが義務付けられているが、これは質的な結果には繋がっていない。インドネシアは学習到達度調査(PISA)において最もパフォーマンスの低い国の一つであるがベトナムは同調査において最もパフォーマンスが良い国の一つである。また、インドネシアはロジスティクスに関してもベトナムおよび他のASEAN諸国と比べてパフォーマンスが低い(表2参照)。

COVIDパンデミックへの対応

インドネシア経済はCOVID-19のパンデミック期間中、相対的には良いパフォーマンスを示した。当初、インドネシアの感染者はベトナムより多く2020年のGDP成長率は-2%を記録したが、2021年にはデルタ株が感染者を大きく増加させたにも関わらず、GDP成長率は2021年には3.7%に回復した。理論的に将来のキャッシュフローの期待現在価値に等しいとされる株価を見ると、インドネシアの株式市場ではCOVID-19のニュースによりかく乱される前の2020年2月18日と2022年2月11日に同じ額になっている。部門別には大きな格差が生じており、通信機器はパンデミックによるニーズの増大によって大きく上昇している。また、金属、鉱物なども海外の需要を受けて上昇している。一方で自動車や消費者部門は大きく下がっている。なお、世界銀行は学校閉鎖による教育機会喪失がインドネシア経済に与える悪影響について警告を出している。ベトナムは当初感染の完全封じ込め政策をとっていたが、これは経済に大きなダメージを与え2019年に7.0%であったGDP成長率は2021年には2.9%に急落した。2021年夏にはデルタ株による感染拡大を受けてCOVID-19との共存政策に舵を切り、ワクチン接種はほぼゼロから約80%に上昇したがハノイ、ホーチミンなどの感染拡大地域では厳しいロックダウンを実施しており、成長率は乱高下している。政府による財政政策や中央銀行による商業銀行への利子減免、ローンの返済延期の勧奨などの政策もあり、世界銀行は2022年の成長率を5.5%と予測している。株式市場に関しては、インドネシアと同様金属・鉱物などの上昇が大きいことに加えて、ベトナムの輸出をけん引する繊維製品、電子部品も大きく伸びていることにけん引され、全体としては大きく伸びている。一方で旅行・レジャーなどは伸び率において後れを取っている。

インドネシアへの提言

インドネシアでは、ロジスティクスの問題、高い解雇費用、保護主義、非効率な教育がFDIを引き付けることを妨げている。これらの問題を解決するために、インドネシアはベトナムから学ぶべきである。ベトナムはFTAを縁故主義や保護主義の圧力に抵抗するために利用してきた。インドネシアはラーニングを促進するために日本式FDIに焦点を当てるべきである。また、インドネシアは人的資本に投資すべきである。世界銀行が指摘しているように、学校はデジタルエコノミー促進に向けて、認識スキル、社会スキル、適応スキルに重きを置き、インターネットへのアクセスを改善すべきである。親や教師はパンデミックによって生じた学習機会の喪失を埋め合わせるために遠隔学習をサポートすべきである。これらに加えて、インドネシア政府は企業家精神を発揮できるようにビジネス環境を改善すべきである。

表1. 2019年におけるインドネシアとベトナムの貿易額及び複雑性指標
表1. 2019年におけるインドネシアとベトナムの貿易額及び複雑性指標
Source: https://atlas.cid.harvard.edu/and calculations by the author.
Note: The product complexity index (PCI) in columns (4) and (7) is calculated using data from https://atlas.cid.harvard.edu. For each sector in column (1), the PCIs for the ten leading export categories at the Harmonized System (HS) 4-digit level are observed. A weighted average of these PCIs is then calculated using the share of exports in each of the ten 4-digit HS categories as weights. PCIs are calculated using the method of Hidalgo and Hausmann (2009).
表2. インドネシアとベトナムのロジスティック・ランキング
表2. インドネシアとベトナムのロジスティック・ランキング
Source: The World Bank, The Logistic Performance Index (available at: https://lpi.worldbank.org/).
参考文献
  • Hidalgo, C. A., & Hausmann, R. 2009. The Building Blocks of Economic Complexity. Proceedings of the National Academy of Sciences, 106, 10570–10575.