ノンテクニカルサマリー

海外直接投資とマークアップ

執筆者 細野 薫(ファカルティフェロー)/滝澤 美帆(学習院大学)/山ノ内 健太(香川大学)
研究プロジェクト 企業成長のエンジン:因果推論による検討
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業成長のエンジン:因果推論による検討」プロジェクト

グローバル化の進展に伴い、日本企業の海外直接投資(FDI)および海外現地生産は増加傾向にある。図1に示すように、日本の海外直接投資は過去20年間にわたり増加傾向で推移していた。2020年にはコロナショックにより急激に落ち込んだものの、依然として高い水準にある。こうした企業活動のグローバル化は、企業の売上を増やし生産性を高める一方、国内産業の空洞化や雇用への影響が懸念されるなど、企業活動や国内経済に様々な影響を及ぼしている。そこで本研究では、FDIや海外生産の増加がマークアップに及ぼす影響を分析する。

図1:日本の海外直接投資

マークアップとは企業が設定する価格の限界費用に対する比率である。製品差別化の程度や品質が高いほどマークアップは高くなり、企業利益は増加する。また、市場支配力が高いほどマークアップは高くなるが、この場合、企業利益は増える一方で完全競争の場合と比べて生産量は減っている。したがって、マークアップのばらつきは、資源配分の非効率性を意味する。さらに近年では、多くの先進国においてマークアップが上昇傾向にあり、これを労働分配率の低下やビジネスダイナミズムの停滞と関連付けて議論されることも多い。このように、企業経営の観点からも、マクロ経済の観点からも、マークアップは重要な企業活動の指標であるが、FDIとの関係はこれまで十分に解明されてこなかった。しかし、企業が一部の品目の生産工程を海外に移転させると、残った国内拠点の価格設定やマークアップは変化すると考えられ、両者の関係を明らかにすることは重要である。

FDIとマークアップの関係を分析するうえで克服すべき点は、マークアップをどのように測定するかである。静学的な投入物、すなわち、調整コストのない可変的な生産要素(例えば中間財)に関して、費用最小化の条件を求めて整理すると、

マークアップ=(売上/中間投入費用)×(中間財に関する生産の弾力性)

として表すことができる(De Loecker and Warzynski, 2012)。そこでこれまでの多くの研究は生産関数の推定によって弾力性を推計し、売上/中間投入費用を乗ずることによって、マークアップを推計していた。しかし、この方法は、生産数量と価格に関するデータが利用できる場合にのみ適用可能であり、売上データしか利用できない場合にはマークアップを識別できない。そこで本研究では、中間財に関する生産の弾力性を企業固定効果、産業×年の固定効果、および観測できる企業属性でコントロールしたうえで、売上と中間投入費用の比率によってマークアップの変化を推計するというアプローチをとる。

本研究は「経済産業省企業活動基本調査」(経済産業省)と「海外事業活動基本調査」(同省)を利用し、中小企業を含む日本企業を対象として海外直接投資の親会社への影響を推定する。なお、可変的な生産費用としては、売上の変化とほぼ1対1で対応している製造原価を主に用いる。

主な推計結果は以下の通りである。第1に、海外生産の拡大は製造業に属する親企業のマークアップを上昇させる。こうした効果は特に途上国に進出した場合に有意であり、先進国に進出した場合は有意ではなかった。第2に、親企業が製造業の場合、企業グループ全体のマークアップ(親企業と海外子会社のマークアップの加重平均)も、海外生産の拡大によって上昇する。また、親企業が非製造業の場合を含む全産業においても、FDIは企業グループ全体のマークアップを上昇させる。

これらの結果は、企業は垂直的直接投資によって、マークアップの低い生産工程を海外に移していることを示唆している。ただし、マークアップへの定量的効果をみると、1%ポイントの海外生産比率の上昇によって、製造業親会社のマークアップは約0.007%上昇するのみであり、先行研究における収入ベースの生産性への影響と比べると軽微なものにとどまっている。例えば、Kimura and Kiyota (2006) によると、海外直接投資を行う企業は、それ以外の企業と比べてTFP成長率が1.8%高い。そのため、海外直接投資によるTFPの上昇は、マークアップの上昇のみによって説明することはできない。

参考文献
  • De Loecker, J., and Warzynski, F. (2012). Markups and firm-level export status. American Economic Review, 102(6), 2437-71.
  • Kimura, F., and Kiyota, K. (2006). Exports, FDI, and productivity: Dynamic evidence from Japanese firms. Review of World Economics, 142(4), 695-719.