ノンテクニカルサマリー

コロナ危機下の為替の決定要因を追跡する

執筆者 増島 雄樹(ブルームバーグ・エル・ピー)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

2008-09年に起こった世界金融危機以降、金融危機や地政学リスクの高まりなど不確実性が高まる場合には危機時の避難通貨としての円買いにより、円高が進むケースが多くなってきた。実際、イギリスの欧州連合離脱が国民投票によって選択された2016年6月、ドル円は100円を割り込む円高ドル安となった。しかし、なぜ円は新型コロナウイルス危機という大きな不確実性の下で、急激な円高とならず比較的安定的に推移したのだろうか。

その理由は、主に2つあったと考えられる。第1に主要先進国間の金融・財政政策が同じ方向を向き金利差が縮小することで、低金利通貨を売り、高金利通貨を買うという資産運用経路を通じた為替変動への影響が小さくなったことだ。第2に実体経済へのショックが過去と比べてより急激であったことから、ビジネス活動の各国差による貿易経路を通じた為替相場への影響がコロナ前と比較して大きくなったことだ。同経路の影響は資産運用経路と逆方向で、急速な円高の動きが少なくとも部分的に相殺された可能性を本研究の結果は示唆している。

図1 ドル円の推移
図1 ドル円の推移

この貿易効果を除いて為替レートの変動を推計すると、実はコロナ下ではドル円は100円を割れる円高となっていたとの結果が得られた(図1)。また、パンデミックに伴う新型コロナウイルスの新規感染者数や感染抑制政策の強度の各国差が、為替変動に影響するケースも見られた。ただ、こうした感染拡大の直接的な影響の結果は国・地域によって異なり、行動制限の法的効力や国民性の違いなどが、為替変動に影響を及ぼした可能性もある。

図2 日次活動指数の推移
図2 日次活動指数の推移
(注)地域合計は2019年のGDPウェイトに基づく。先進国は、米国・カナダ・日本・ドイツ・イタリア・スペイン・豪州、世界は新興国・地域のブラジル・メキシコ・アルゼンチン・コロンビア・チリ・トルコ・インド・南アフリカ・ロシア・インドネシア・サウジアラビア・台湾・香港を加えている。

では、貿易効果を推計するために用いた日本と世界の活動状況を示す日次活動指数を比較してみよう。同指数はウイルス感染の高頻度データや、ウェブ検索データ、電車の混雑状況、日々のドラッグストアの売り上げなど高頻度データを用いて推計されているブルームバーグ・エコノミクスにより作成された新しいデータセットだ。先進国と新興国をカバーする18カ国から構成され、パンデミック期間中の活動水準を0から100の間で表している。活動がコロナ危機以前と同じ水準であれば、指数は100となる。

コロナ下の同指数の変動を見ると、まず中国の活動が低下し、続いて日本の活動も2020年2月に多数の乗員乗客を乗せたダイヤモンドプリンセス号内で新型コロナウイルス感染症の集団発生が発生したことから、小幅低下した(図2)。ただ、欧米でも感染が急拡大した3月には、日本の活動水準は主要先進国の平均と比べて大幅に高くなった。この状況下では、日本の輸入拡大・輸出縮小により貿易赤字が拡大、輸入のための米ドルが必要となることが想定され、貿易効果は円安となる。コロナ関連の高頻度データが一般に公開されたことで、この新しい形の貿易効果はリアルタイムで為替に影響することになった。仮にこの効果がなければ、危機時の避難通貨買いや、米国の利下げによって、円高が一方的に進んだかもしれない。

ポスト・コロナの為替変動を展望すると、コロナ前に回帰するもの、構造変化が起こると想定されるものがある。コロナ前に回帰するのは、金融政策をはじめとした金利の影響だ。米国経済の回復ペースが著しいことから、日米金利差は拡大しつつある。2022年も対ドルでの為替変動はFRBの金融政策の先行きに関する思惑で、大きく変動することが見込まれる。

一方、サービス消費やサービス貿易が物価や為替レートに与える影響は、構造変化によりコロナ前には戻らない可能性がある。デジタル化が進み、サービス活動の変動を逐次データとして追跡できることになり、高頻度データを用いた投資家の運用行動の変化で、日々の為替レートの変動要因が変わる可能性を本研究は示した。新しい貿易効果はその証左かもしれない。