ノンテクニカルサマリー

地方公共団体における移住推進施策と人口移動の関係-市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略のテキスト分析-

執筆者 荒川 清晟(コンサルティングフェロー)/野寄 修平(東京大学)/中田 登志之(東京大学)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

近年、東京をはじめとする大都市への人口の集中が大きな問題となっている。これに対し、政府は人口の一極集中のため、まち・ひと・しごと創生法に基づき、2015年から2019年を第1期とする「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定し、その中で「地方への新しいひとの流れをつくる」という基本目標を設定した。これに加えて、各都道府県、市区町村も都道府県まち・ひと・しごと創生総合戦略、市町村まち・ひと・しごと総合戦略を策定し、地域特性に応じた施策を実施している。地域特性を反映した施策実施には、自市区町村の有する資源を効率的に使う必要があるが、人口増加に有効な政策・施策は日本国内では研究されていない。

本稿は、人口5〜7万人程度の143市町における地方版総合戦略の特徴を明らかにすること、地方版総合戦略の施策が大都市から地方への市区町村単位の人口移動にどのように関連しているか明らかにすることを目的とし、テキストマイニングと因子分析、重力モデルによる回帰分析を行った。

テキストマイニングにより抽出された名詞のTF-IDF値*を用いた因子分析では、表に示す10の潜在因子が抽出され、10の因子のうち6つはまち・ひと・しごと創生本部による分類と共通していた。また、これらの潜在因子のうち「連携」は大都市から解析対象の市町への人口移動数と正の関連があった。

表 抽出された潜在因子とまち・ひと・しごと創生本部の分類の比較
本研究で抽出された潜在因子 まち・ひと・しごと創生本部の分類
地域コミュニティ 地域コミュニティ
教育 教育・文化・スポーツ
移住・定住 移住・定住/まちづくり
公共交通 交通ネットワーク
子育て 子ども・子育て
スポーツ 教育・文化・スポーツ
人材育成 農林水産業
医療・福祉 観光
連携 経済産業
PR 結婚・出産
太字は両者に共通する因子・分類を示す。

本研究の結果と研究実施にあたっての課題から、以下の2点を政策的インプリケーション、今後の課題として強調したい。

1. 「連携」の重要性
「連携」因子が大都市から地方への人口移動数と関連していたことから、移住者の呼び込みには、産官学金労言士(産業界、官公庁、大学、金融機関、労働団体、言論界、士業)の連携を含む地方公共団体内外の連携が重要である可能性がある。総合戦略以外でも、連携に関連する施策として、人口5万人程度以上の市を中心市とする「定住自立圏構想」、中核市以上の市を中心市とする「連携中枢都市圏構想」がスタートしている。周辺の地方公共団体と連携することで、自市区町村の限られた資源のみならず、住民の生活圏全体の資源を有効活用でき、移住後の定着にも一定の効果があると期待される。「連携」の語を含む施策の例として、第1期総合戦略の対象期間で人口が増加した市町の地方版総合戦略に挙げられていたものの一部を示す(表現を一部変更)。ただし、本稿の解析手法は各施策と人口移動数の因果関係を反映したものでないことに注意が必要である。

  • 鉄道沿線自治体との連携強化と広域的な活性化策の推進:本市を縦断する鉄道路線の交通網を活かし、関係する自治体とのさまざまな連携を進める。
  • 近隣市町との連携の推進:住民サービスの向上や情報システムに係る経費の削減、災害発生時の事業継続性の確保が期待できる自治体クラウドを近隣市町と連携して進める。
  • 地域活性化に関する連携:農業の6次産業化や創業等への支援を、官民ファンドの設立等を視野に入れて検討する。
  • 若い世代との連携:高校、大学や研究機関等との連携強化により、若い世代の意見を取り入れた事業化を進める。

2. 行政文書の標準化・デジタル化・公開の重要性
各市区町村の地方版総合戦略は一覧公開されていないため、本研究実施にあたり各市町のWebサイト等から個別に地方版総合戦略のPDFファイルを収集し、手作業でテキスト部分を抽出した。地方自治の視点から文書公開の方法は基本的には各地方公共団体の裁量によるべきだが、本研究のような政策評価に加え、住民参加・オープンガバメントの視点からは一覧として公開されるべきである。また、その際にはタグ等も含んだ自動処理が容易な機械可読性の担保された形式であることが望ましい。現在、第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」に基づく施策が実施されているため、その公開に期待したい。

謝辞

本研究は東京大学大学院情報理工学系研究科ソーシャルICT研究センター中田登志之研究室と熊本県宇城市との共同研究「地方公共団体の移住施策に関する研究」として実施した。ご助言・ご討論いただいた熊本県宇城市に深く感謝する。

*TF-IDF値:ある単語の出現頻度と、その単語が使用された文書数から単語ごとに計算され、他の文書と比べて特徴的な単語で大きな値をとる。地方版総合戦略の分析に用いた場合、TF-IDF値が大きいほど、その単語が他の市区町村の地方版総合戦略と比べて特徴的であると言える。