ノンテクニカルサマリー

新型コロナウイルス感染症下における企業実態調査の概要

執筆者 植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)/小野 有人 (中央大学)/本田 朋史 (東京大学)/荒木 祥太 (研究員(政策エコノミスト))/内田 浩史 (神戸大学)/小野塚 祐紀 (小樽商科大学)/川口 大司 (ファカルティフェロー)/鶴田 大輔 (日本大学)/深沼 光 (日本政策金融公庫)/細野 薫 (ファカルティフェロー)/宮川 大介 (一橋大学)/安田 行宏 (一橋大学)/家森 信善 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

新型コロナウイルス感染症の世界的な流行は、感染による数多くの死者という人的被害のみならず、感染の拡大を防ぐためのロックダウンや緊急事態宣言に伴う外出自粛を通じて、経済にも大きな負のショックをもたらしている。コロナショックが経済に影響するメカニズムを解明し、企業が今後の感染症拡大にどのように備えるべきか、政府は政策的な支援措置をどう設計すべきかを考察するうえでの基礎的情報を得るため、RIETIは、「新型コロナウイルス感染症下における企業実態調査」(以下、本調査)を2020年11月に実施した。この論文は、調査結果の概要を取りまとめたものである。

本調査を設計するに際しての主な問題関心は、(1)企業が直面したコロナショックの具体的な内容と、ショックへの企業の対応、(2)コロナショック後の実物面(在宅勤務制度、設備投資など)、金融面(新規借入、既往借入の条件変更など)それぞれにおける企業行動の変化、(3)政府が企業向けに措置したさまざまな資金繰り支援措置(政府系・民間金融機関を通じた貸出、など)の利用状況、を把握することである。以下では、得られた知見のうち、コロナショックの内容と対応、政府による資金繰り支援措置の利用状況に関する特徴を、2008年秋に生じた世界金融危機時との比較も交えて簡単に示したい。

コロナショックの具体的な内容については、販売先からの注文取り消しやキャンセル、一般消費者向けの売上減少を経験した企業が、仕入先からの納入取り消しを経験した企業よりも多かった。これはサプライチェーンを形成する製造業企業を含む回答企業全体に共通してみられる傾向であり、コロナショックが主に需要面からのものであったことを示している。また、販売先・仕入先からのショックは、最初の緊急事態宣言が発出された2020年4月上旬以前から生じていた。ショックへの対応は、多くの場合金融機関による資金繰り対応(新規借入、既往借入の条件緩和)と企業自身による雇用面での対応(休業・休職、給与・賞与の削減)によってなされ、販売先、仕入先向けの対応をとった企業は少なかった。また、ショックへの対応の時期は、新規借入では2020年5月に最も多いが雇用面での対応はそれよりも遅く、最初の緊急事態宣言が発出されていた時期に、企業はもっぱら金融機関に頼って事態を乗り切ろうとしていたことが分かる。

新規借入の形態としては、民間金融機関が自らリスクをとって提供するプロパー融資だけでなく、民間金融機関が提供するが政府による信用保証が付いた融資、政府系金融機関による直接貸出などがある。政府が提供したさまざまな貸出・融資に関する支援措置のうち利用が多かったのは、民間金融機関による無利子・無担保の信用保証付き制度融資と政府系金融機関による無利子・無担保貸出である。本調査回答企業におけるそれぞれの利用率は47%と29%に上る。

本調査と過去にRIETIが行ったアンケート調査を接合することで、コロナショック前後の企業の財務体質の変化を確認できる。まず、コロナショックが生じる前の金融機関からの借入残高比率(借入残高/売上高)を、2008年秋の世界金融危機の前と比較すると、今回の方が、借入残高比率は低く(世界金融危機時:中央値20.1%→今回:同16.1%)、借入残高がゼロの無借金企業の割合は高い(9.2%→16.0%)。コロナショックが生じる前の時点では、企業の財務体質は比較的健全であったといえる。ただし、ショック前から信用保証などを継続的に利用していた企業も一定程度存在しており、一部の企業では財務体質がショック前から脆弱だった可能性がある。

コロナショック後についてみると、手厚い資金繰り支援策の結果、新規借入率(新規借入額/売上高)が評点の低い企業でやや高いことや、複数の貸出・融資に関する支援措置を利用して資金を得ている企業も多いといった傾向がみられる。更に、新規借入率を世界金融危機時と比較すると、今回のコロナショック後の方が高い傾向にある上、今回の貸出・融資の支援措置を利用した企業のなかには、前回危機時に政府が提供した緊急保証制度を利用していた「リピーター」企業も多く存在する(表)。例えば、世界金融危機時に緊急保証付き貸出を利用した企業のうち、約4割が今回政府系金融機関による無利子無担保貸出を利用している。これは、当時の調査時点で緊急保証を利用していなかった企業のうち、今回無利子・無担保貸出をしているものが18%にとどまっているのに比して大幅に高い。

今回の資金繰り支援策を利用した企業が、得た資金をもとにして、コロナショック後の経済環境の変化を踏まえた経営課題を解決し、政策依存から脱することができるかどうかは、1990年代から2000年代にかけて観察された過剰債務問題の再燃を防ぐ上でも注視が必要である。

表:政府系金融機関による無利子・無担保貸出(行)と緊急保証(列)/民間金融機関を通じた無利子・無担保の制度融資(行)と緊急保証(列)
(注)行は、今回調査における資金繰り支援措置の利用有無。列は、2009年調査で当時大規模に講じられた緊急保証付き貸出の利用有無。上段は回答企業数、下段は構成比(%)。緊急保証制度を「利用していない」企業は、2009年調査で以下の回答をした企業を集計した:「現在残高はないが今後利用したい」、「利用する予定はない」、「知らない」。