ノンテクニカルサマリー

ワクチン接種の後押し:自律的な意思決定を阻害しないナッジ・メッセージを目指して

執筆者 佐々木 周作 (東北学院)/齋藤 智也 (国立感染症研究所感染症危機管理研究センター)/大竹 文雄 (大阪大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1. 背景

新型コロナウイルス感染症のワクチン接種の推進は、パンデミックを終息させるための出口戦略として極めて重要である。一方で、接種推進のために強制的な施策が採用されることは少なく、人々の自己選択に委ねる施策が採用される場合が多い。「The least restrictive alternative」という原則が公衆衛生にあり、そこでは、集団免疫を獲得するにあたり、個人の自由と権利への制限が最小となる手段が採用されなければならない、と述べられているからである(Giubilini, 2021)。

接種を受けるという社会的に期待されている選択を人々が自発的に選ぼうと思えるような施策が、新型コロナワクチンの接種計画では重要だということである。これは、「選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素」(セイラー・サンスティーン,2009)と定義される「ナッジ」が貢献できる領域である。

2. 研究概要

本研究は、日本全国に居住する高齢層(65~74歳)と若年層(25~34歳)の計1,595名を対象にオンライン・サーベイ実験を行って、新型コロナワクチンの接種に関する他者の意思決定や行動について情報提供するナッジ・メッセージが人々のワクチン接種意向を強化するのかどうかを検証する。他研究にない本研究の特徴は、異なる表現でワクチン接種に関する他者の意思決定や行動を説明する3種類のナッジ・メッセージを用意して、それぞれが回答者の「接種意向」と「自律的な意思決定の水準」に及ぼす影響を比較検証するところにある。

  1. A)社会比較メッセージ:「あなたと同じ年代の10人中X人が、このワクチンを接種すると回答しています。」
  2. B)利得フレームの社会的影響メッセージ:「ワクチンを接種した人が増えると、ワクチン接種を希望する人も増えることが分かっています。あなたのワクチン接種が、周りの人のワクチン接種を後押しします。」
  3. C)損失フレームの社会的影響メッセージ:「ワクチンを接種した人が増えると、ワクチン接種を希望する人も増えることが分かっています。あなたがワクチンを接種しないと、周りの人のワクチン接種が進まない可能性があります。」

この比較によって、人々の自律性を阻害することなく接種意向を強化できるのはどの表現のナッジ・メッセージなのかを明らかにできる。

分析から、以下の3つの結果が得られた。第一に、「あなたのワクチン接種が周りの人のワクチン接種を後押しする」ことを伝える利得フレーム・メッセージは、ワクチン接種を受けるつもりの無かった高齢回答者の意向を強め、接種希望者数を増やす効果を持つことが分かった。

第二に、「あなたが接種しないと周りの人のワクチン接種が進まない」という損失メッセージや、「同年代の10人中7~8人が接種を受けると回答している」ことを伝える社会比較メッセージは、元々接種を受けるつもりの高齢層の意向をさらに強化することが分かった。同時に、損失メッセージが人々に精神的な負担をかけてしまう可能性や、社会比較メッセージが接種を受けるつもりの無かった高齢回答者には意向を弱める方向に作用する可能性も示唆された。

第三に、これらのナッジ・メッセージは、若年層の接種意向に対しては一切の促進効果を持たなかった。

3. 政策的含意

以下のように、分析結果に基づき、目的や対象によるナッジ・メッセージの使い分けを提案する。

●接種を希望する高齢者を増やす
「あなたのワクチン接種が周りの人のワクチン接種を後押しする」という利得フレーム・メッセージの活用が有効である。実装の一案は、ワクチン接種に関する啓発ポスターやホームページ等にメッセージを掲載することである。

●すでに接種希望を持つ高齢者の意向をさらに強化して、実行までつなげる
「同年代の10人中7~8人が接種を受けると回答している」という社会比較メッセージの活用が有効である。同じ効果を持つ損失フレーム・メッセージは閲覧者の精神的負担を高めてしまうため、社会比較メッセージを活用する方がより望ましい。ただし、社会比較メッセージは接種を受けるつもりの無かった高齢者については意向を弱める方向にも作用するかもしれないので、接種希望者だけにメッセージを表示するという工夫が必要である。実装の一案は、ワクチン接種の予約画面や予約者へのリマインド・メール等にこのメッセージを記載することである。

参考文献
  • Giubilini, A. (2021). Vaccination ethics, British Medical Bulletin, 137(1), 4–12.
  • リチャード・セイラー,キャス・サンスティーン(2009)実践行動経済学:健康,富,幸福への聡明な選択.東京:日経BP.