ノンテクニカルサマリー

ワクチン接種意向の状況依存性:新型コロナウイルス感染症ワクチンに対する支払意思額の特徴とその政策的含意

執筆者 佐々木 周作 (東北学院大学)/齋藤 智也 (国立感染症研究所)/大竹 文雄 (大阪大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1. 背景

2021年2月17日、新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種が、医療従事者を対象にして開始された。4月以降順次、65歳以上の一般高齢者や基礎疾患のある人への接種が開始される予定である。複数の世論調査からは、日本の人々の新型コロナ・ワクチンへの期待や接種意向が高いことが伺える。例えば、時事通信社の2月の世論調査(2021)では、70.1%が「接種を希望する」と回答している。

一方で、人々の接種意向は、時間や状況によって変化する可能性も指摘されている。日本でも、2009年の新型インフルエンザの感染流行時には、ワクチンへの期待が高かったものの、流行後すぐ新型インフルエンザの発生数が減少したため、開発された国内産ワクチンの接種率が上昇せずに、ワクチンの在庫が生じる事態となったことが報告されている(厚生労働省新型インフルエンザ対策推進本部,2010)。

2. 研究概要

本研究は、日本の高齢者の接種意向が「新規感染状況」と「接種の進捗状況」によってどのように変化するのかを、独自実施した全国規模アンケート調査から明らかにする。接種意向には2つの指標を用いる。1つ目の指標は、現実の接種計画と同じようにワクチンが無料提供された場合に接種するかどうかである。2つ目の指標は、支払意思額(ワクチンに対して支払って良いと考える上限の金額)で、接種意向の強さを客観的に示すものである。本研究では、アンケート調査にシナリオ質問を設定し、同一回答者に対して下記の「新規感染状況」や「接種の進捗状況」に関する条件をランダムに追加しながら、それぞれの状況における接種意向を把握した。

新規感染状況:
「新規感染者数は減少傾向にあり、低水準で推移しています」(dec)
「新規感染者数は増加傾向にあり、高水準で推移しています」(inc)

接種の進捗状況:
「日本に住むあなたと同年代の10人中1人が、すでにこのワクチンを接種しています」(10p)
「日本に住むあなたと同年代の10人中5人が、すでにこのワクチンを接種しています」(50p)

図:高齢回答者(65-74歳,N=2,221)の接種意向の状況依存性
図:高齢回答者(65-74歳,N=2,221)の接種意向の状況依存性

調査結果は、接種意向の強さは状況に応じて変化するものの、どの状況でも接種“する”意向自体は持っている高齢回答者が多数派であることを示している。また、高齢回答者は、若年回答者(25-34歳,N=1,686)よりも高い接種意向をもっていた。

具体的に、高齢回答者の接種意向は、新規感染者数が減少傾向にあって感染状況が落ち着いているときや(dec)、同年代の接種がまだ進んでいないとき(10p)に低下する傾向がある。図より、両方の条件が重なる状況(dec_10p)の「無料提供時に接種する割合0.71」や「支払意思額-390円」は、それらの条件が付かないベースラインや他の状況に比べて最も低くなっている。逆に、新規感染者数が増加したり(inc)、同年代の接種者の割合が高まったり(50p)する局面で接種意向は上昇する。後者の結果は、自分の接種行動が他人の接種を促す、正のピア効果を持つ可能性を支持する。

無料提供時にワクチンを接種すると回答する高齢者の割合は、どの状況でも0.71~0.81という高い値を取っている。これは、どの状況でも10人中7人~8人の高齢回答者は、ワクチンが無料提供される場合に接種する意向を持っていることを意味する。この傾向は、ワクチンの副反応の影響を考慮した場合も同じである。ワクチンの副反応の発現確率を主観的に高く評価している高齢回答者に限定した場合も、その10人中7人が無料で提供されるワクチンを接種すると回答している。つまり、支払意思額で表される接種意向の強さは状況に応じて変化しているが、接種をするか否かにはあまり影響しないということである。

3. 政策的含意

日本の一般向け接種は、2回目の緊急事態宣言によって新規感染者数が一定程度落ち着いた時期に開始される。また、開始直後は、当然であるが大多数の人がまだ接種していない。本研究の結果から、そのような状況でも約7割の高齢者は接種する意向を持っていることが分かったが、一方で、接種への積極性は、新規感染者数が多い時期に比べて低下している可能性がある。

したがって、既に接種しようと思っている人々の意向を阻害せず、円滑に接種まで導くための施策が重要となる。以下、本研究の結果と行動経済学の先行研究に基づきながら、政策的含意をまとめる。

●接種意向を持つ人の比率・接種件数とその増加傾向の見える化を

同年代の接種率が高まると接種意向も強まるという本研究の結果を踏まえれば、接種件数や増加傾向の効果的なPRが人々の接種を後押しする可能性がある。海外の行動経済学者も、著名人などが接種済みであることを積極的に公表しながら、接種のムーブメントを丁寧に作っていくことが重要であると提言している(Volpp et al., 2021)。

また、海外の研究結果を踏まえれば(Moehring et al., 2021)、ワクチンを接種する意向を持つ人の比率が高いという調査結果を広報することも効果的だと考えられる。その際、接種意向を持たない人の比率ではなく、接種意向を持つ人の比率に焦点を当てて広報すべきである。同じ情報でも損失を強調して表現されると、人々はその影響を強く受ける傾向にあることが行動経済学研究で知られている。接種意向を持たない人の比率が小さくても、その情報に強く影響を受ける可能性がある。

さらに、日本の災害避難のコンテクストでは、自分自身の避難行動が他者の避難行動を促す可能性があることを知らせるメッセージに人々の避難意向を強める効果があったと報告されている(大竹他2020)。したがって、「あなたのワクチン接種が他の人のワクチン接種を後押しする」ことを伝えるメッセージの活用も検討できる。

●高い接種意向をもつ人への働きかけと配慮を

本研究の別の分析から、男性で、普段から感染予防を心掛けているが、他者や社会との接触機会は多い、などの特徴を持つ高齢者が、平均的に接種意向が低下する状況でも、接種意向を強く持つことが分かった。彼らに働きかけることが効果的だと考えられるが、一方で、他者や社会との接触機会が多いという特徴は、彼らの外出ニーズが高いことを意味する。接種の呼びかけに合わせて、接種後も引き続き、感染予防の徹底を呼びかけることが重要である。

●接種の先延ばしを防止するコミットメント手段の活用を

接種意向を持つ人が、実際に接種まで至らない原因の1つとして、実行の先延ばしが考えられる。行動経済学は、この先延ばしを防止して本人の希望する選択の実行を後押しするための工夫として、コミットメント手段の活用を提案している。

単純に接種の予定日時を本人に書いてもらうだけでも、一定数の人の接種意向を強固にして、実行まで導くのに効果的な可能性がある。Milkmanら(2011)は、インフルエンザ・ワクチンの接種勧奨のチラシにおいて、単純に接種可能な日時を伝達するだけでなく、スケジューリング用に接種を希望する日時を書き込むためのフォームを設定したことで、接種率が4%程度上昇したと報告している。

参考文献
  • 厚生労働省新型インフルエンザ対策推進本部. (2010). 今般の新型インフルエンザ(A/H1N1)対策の経緯について~ワクチン~.(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100519-19.pdf)2021年2月21日参照.
  • 時事通信社. (2021). コロナワクチン打つ、7割 東京五輪反対は過半数―時事世論調査. (https://www.jiji.com/jc/article?k=2021022000390&g=soc)2021年2月23日参照.
  • Milkman, K.L., Beshears, J., Choi, J.J., Laibson, D., and Madrian, B.C. (2011). Using implementation intentions prompts to enhance influenza vaccination rates. Proceedings of the National Academy of Sciences, 108(26), 10415-10420.
  • Moehring, A., Collis, A., Garimella, K., Rahimian, M.A., Aral, S., and Eckles, D. (2021). Surfacing norms to increase vaccine acceptance. Available at SSRN 3782082.
  • 大竹文雄・坂田桐子・松尾佑太. (2020). 豪雨災害時の早期避難促進ナッジ. 行動経済学, 13, 71-93.
  • Volpp, K.G., Loewenstein, G., and Buttenheim, A.M. (2021). Behaviorally informed strategies for a national COVID-19 vaccine promotion program. JAMA, 325(2), 125-126.