ノンテクニカルサマリー

新型コロナの影響下での在宅勤務の推進と男女の機会の不平等

執筆者 山口 一男 (客員研究員)/大沢 真知子 (日本女子大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

新型コロナの影響の下で、欧米の多くの企業は在宅勤務・テレワークを積極的に採用し、この利点に新たに気づいた企業も多く、「新型コロナ後」でも引き続き在宅勤務型の働き方を採用する予定の企業も多いといわれている。より一般には新型コロナの経験により、働き方に不可逆的社会変化が生まれようとしている。一方日本における、新型コロナ下における在宅勤務・テレワークの取り組みの推進はより限定的である。本稿では、日本における新型コロナ下での在宅勤務の機会に対し、男女に顕著な機会格差があり、従来ワークライフバランス上、在宅勤務がより好都合と思われている女性の方がかえって男性より機会が少ないという現状と、その決定要因を実証的に明らかにしている。

今回分析するデータは、連合が20歳から64歳の労働者を対象として2020年4月1日から3日の3日間にわたって行った『第39回仕事と暮らしに関する調査』である。新型コロナ感染が勤労者の働く環境に及ぼした影響に関する調査項目を多数調べている。分析対象は、男性2311人、女性1996人を含む、全有効回答者4307人である。また、今回の調査は、2020年4月初頭に行われたので、「感染第一波」の影響を観るものであり、その後の感染継続の影響は見ていないので、それは今後の課題である。分析における被説明変数は「新型コロナウイルスに対する職場の取り組み」のうち「在宅勤務・テレワーク」の推進の有無である。この項目は、調査対象者が在宅勤務・テレワークをしたかどうかについてではなく、あくまで職場が新型コロナウィルス対策として、在宅勤務やテレワークに取り組んだか否かに関する回答であることに留意する必要がある。この項目は本人が在宅勤務を選好するか否かとは独立の職場環境のよる在宅勤務機会の男女格差の要因を分析するのに適している。

図1は、男女別、正規・非正規別、およびその組み合わせ別に新型コロナ下で職場での「在宅勤務・テレワーク」推進の取り組みがあった割合を示している。図の結果は、新型コロナ下で、在宅勤務に取り組んだ企業は、全体の約18%と少ないが、男女別に見ると、男性の勤める職場での取り組み割合が約23%なのに対し、女性の勤める職場では13%と、10%も少ないことが示されている。図1は更に在宅勤務の推進割合について、標本中の正規雇用者と非正規雇用者別にみると、正規では約23%、非正規では約9%と男女差以上の差がある。従って、非正規雇用率は女性(54%)が男性(17%)より遥かに高いので、女性の勤める職場が男性の勤める職場に比べて在宅勤務推進割合が低い理由の1つは、女性に非正規雇用者が多く、かつ非正規雇用者が多く勤める職場ほど、在宅勤務推進割合が低いことから生じることが推測できる。つまり、職場における在宅勤務の機会の男女差の原因の1つは、男女の雇用形態の違いから生じていると考えられる。だが図1は正規・非正規別に見ても、在宅勤務機会に男女差が残る事も併せて示している。

図1 職場における在宅勤務の推進の有無

男女格差の他の可能な原因は企業の業種を通じた影響である。図2を見れば分かるように、在宅勤務推進割合が最も高い業種は「運輸・情報通信業」であり、逆に低いのは「卸売・小売・飲食店」と「その他のサービス業」である。一方業種別女性割合をみると全く逆の順序が成り立つ。つまり、女性割合の最も低いのが「運輸・情報通信業」であり、逆に高いのが「卸売・小売・飲食店」と「その他のサービス業」となっている。従って、業種別に見て、女性割合の最も高い2業種が、在宅勤務推進割合が最も低い業種であり、逆の女性割合の最も低い業種が、在宅勤務推進割合の最も高い業種となるため、業種を通じた影響が、在宅勤務推進割合の男女格差のもう1つの原因であるという仮説が成り立つ。

図2 業種別在宅勤務推進割合と女性割合

これらは、個別に見た予備分析からの例であるが、他にも企業の従業員規模別にみると、従業員規模の大きい企業ほど、在宅勤務機会が多い一方、雇用者中の女性割合が少ない傾向がある。また職業別にみると、ホワイトカラー職種では、「管理職」「専門職」「事務職・販売職」の順に在宅勤務機会が大きくなっているが、職種別の女性割合では逆になっている。従って、可能性としては雇用形態(正規・非正規の別)、業種、企業の従業員規模、職業の男女差を通じて在宅勤務機会の男女格差が生まれた可能性が有る。

本稿の分析の主要部分は、統計的因果分析の手法である、上記の4変数の分布が男女で同じになる仮想状態(反事実的状態)をデータ上生み出して、例えば雇用形態と職業の分布が男女で同じになった場合に、結果(在宅勤務機会)の格差がどの程度になるかを調べることにあった。主な結果は以下の通りである。

(1)雇用形態を制御すると、職業自体の在宅勤務機会の男女格差への説明度はほぼ0になる。従って男女の職業差と男女の在宅勤務機会の格差の関連、職業が雇用形態と関連することから生じるもので、職業自体の独自の男女格差への影響はない。

(2)在宅勤務機会の男女格差は雇用形態、従業員規模、業種の3変数の男女の差で生じ、観察される男女格差の93.9%がこれら3変数の分布の男女差で説明できるだけでなく、残りの男女格差はもはや統計的に有意ではなく、結果として男女格差はこの3変数の男女差でほぼ完全に説明できる。

(3)各変数について、他の2変数を制御した雇用形態、従業員規模、業種の独自の説明度はそれぞれ26.9%、19.6%、23.5%となり、雇用形態、業種、従業員規模の順に説明度が高い。また3変数が独自に説明する部分が全体の説明度の約4分の3 [=(26.9+23.5+19.6)/93.9 = 0.75]で残りの4分の1が3変数の重なりによる説明となる。

今回の結果は労働市場の2重構造論との整合性が高い。労働市場の2重構造論は、労働市場には職を通したキャリアの進展性が有り、かつ人的資本投資への賃金見返り度の高い「核」の労働市場と、逆に職を通したキャリアの進展性が無く、かつ人的資本投資への賃金見返り度の低い「縁辺」の労働市場があるという理論である。最近の研究(山口2017、鈴木2018)では日本で「縁辺労働市場」の性格を持つのは、第一に非正規雇用、第二に中小企業の雇用であることが判明している。女性の活躍の推進には女性が縁辺労働市場に偏ることを是正する必要はあるという理論を今回の分析は間接的に支持する結果となったといえる。