ノンテクニカルサマリー

混雑回避行動の社会認知要因:文化的相違と政治的立場

執筆者 マツナガ・ルーカス・ヘイキ(東北大学)/青木 俊明(東北大学)/ファイアド・クリスティーン(ブラジリア大学)/アルドリッチ・ダニエル(ノースイースターン大学)/曾 柏興(国立台湾海洋大学)/相田 潤(東京医科歯科大学)
研究プロジェクト 市場高質化による自己増殖型変化への対応の文理融合研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「市場高質化による自己増殖型変化への対応の文理融合研究」プロジェクト

外出自粛や混雑回避は自制的側面を持つため、市民の協力を得ることは難しい。しかし、新型コロナウィルスの感染拡大では、多くの人が混雑を回避した。そこで本研究では質問紙調査を行い、混雑回避行動の構造を明らかにする。

本研究では、東京、台北、ニューヨーク(NY)、ブラジリアの市民を対象に質問紙調査を行い、合計1196人から回答を得た。調査は2021年2月から3月に行った。共分散構造分析の結果(Figure 1)、恐怖心、道徳的規範、行動コントロール感(自己の行動を自分で決められる程度)が混雑回避行動の直接の規定因であることが示唆された。このとき、実行可能な行動しか実行し得ないことを踏まえれば、混雑回避行動は恐怖心と道徳的規範意識によって喚起されるものと考えられる。このとき、恐怖心は、新型コロナウィルスの情報に接する頻度や同ウィルスの危険性認知が高いほど強くなり、政府への信頼感が高いほど、低下することも示唆された。このことは、感染リスクを強調した注意喚起を行えば、混雑回避行動がとられやすくなることを意味している一方で、リスクについての過度の強調はパニックを生む可能性もある。そのため、適切な注意喚起が必要になる。また、適切な注意喚起を行っても、政府に対する信頼感が低ければ、恐怖心が高まらず、混雑回避行動が実行されない。注意喚起を適切に国民に理解してもらうためには、平素からの政府への信頼感が重要になる。道徳的規範意識も平素の意識に強く規定されることを考えれば、国民としての危機対応力は平素からの取り組みが重要であり、一朝一夕には高まらないものと考えられる。すなわち、危機対応では平素の政府と国民の取り組みと意識が表れるものと考えられよう。

また、東京のサンプルでは、混雑回避行動の頻度に政治的立場の有意な影響は見られなかったものの、リベラルと中道派の行動頻度が高く、無関心層は低かった。感染防止対策の信頼感については、保守層で高く、リベラルと中道派で低くなっていた。これらの結果は、リベラルや中道派では政府の政策に対する信頼感が低いため、恐怖心が高まり、混雑回避行動がより多くとられたものと解釈できる。換言すれば、政府への信頼感が高い保守層では、混雑回避に対する恐怖心の効果が小さいと言えることから、同じように混雑回避行動が行われたとしても、政治的立場によってその生起構造は異なると考えられる。そのため、リスクを強調し、恐怖心を煽ることによって混雑回避や協力行動を喚起する方法は、高い効果が得られる対象が限定されることや恐怖心を高めすぎるとパニックが生じることを考えれば、ハンドリングの難しいアプローチであると考えられる。こうしたことを踏まえれば、国民の危機対応力を高めるためには、道徳規範の涵養や実行可能な行動を増やしておくことなど、平時からの取り組みが重要であると考えられる。

Figure 1 The overall model with its standardized estimates and total effects (in bold).
Figure 1 The overall model with its standardized estimates and total effects (in bold).