ノンテクニカルサマリー

サッカーサポーターの社会的圧力はホームアドバンテージを生み出すか?:COVID-19流行下におけるJリーグ観客制限からの考察

執筆者 荒木 祥太 (研究員(政策エコノミスト))/森田 裕史(法政大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

この研究は、社会的圧力によって個人の行動は変わるのかという問いについて、自然実験的な手法を用いて検証している。読者の中にも、COVID-19パンデミック当初のいわゆる「自粛警察」を意識して外出行動を控えた方や、感染予防の観点よりもまず社会的圧力を鑑みてマスクの着用を選んだ方もおられるだろう。このような社会的圧力と個人の行動との関係について、経済学においてもAkerlof (1980)の先駆的な理論研究以来、関心が持たれている。この文脈における実証研究の一つとして、プロスポーツにおいて観客の社会的圧力が試合結果に影響を与える可能性を報告した研究がなされている。無観客試合のような状況を、社会的圧力を外生的に排除した自然実験としてみなせるからである。

この研究では、COVID-19パンデミック中の日本プロサッカーリーグのトップ2部(J1リーグ、J2リーグ)の2020年シーズンのデータを用いて、社会的圧力が審判の判断に与える影響を検証する。2020年シーズンにおけるJ1リーグ、J2リーグをあわせた768試合中43試合(全試合の5.6%)が無観客試合となり、2019年シーズンを参考にするとJ1では1試合平均21,000人、J2では1試合平均7,000人の観客がこの期間中にスタジアムから姿を消したことになる。この前例のない状況を利用して、試合結果が観客の社会的圧力によって影響を受けるかどうかを検証する。ここでは社会的圧力がサッカーの試合における審判の判定に与える影響を測定するために、ホームチームとアウェイチームそれぞれに与えられた判定の差について、さらに無観客試合と有観客試合との差をとった、いわゆる差の差分析を行った。主な結果は以下の通りである。観客が試合に参加することで、ホームチームに与えられるファウルの数は約1.05回減少した。その一方で、ホームチームが受け取るイエローカードの数は影響を受けていないようである(下表Table 1参照)。このような観客の存在がホームチームへの判定に有利に働く傾向は、海外での先行研究と一致する。

Table1. 自然実験から推定される有観客試合でのホームアドバンテージ(表中β3)

本研究と先行研究との違いは、2020年シーズンの有観客の試合においても観客動員数の制限がなされたこと、その観客動員制限の形式が感染症流行状況に応じて変化したことを利用したことにある。これはJリーグの観客制限の形式が、無観客試合、観客動員の上限に厳しい制限をおくと同時にビジター席を置かない「超厳戒態勢」期、および観客動員数の上限を緩めると同時にビジター席の販売を解禁した「厳戒態勢」期と、それぞれ異なることを利用するものである。この違いを用いて、スタジアム内の観客の絶対数またはホームチームのサポーターの割合のどちらがより審判の判定に影響を与えるかを検証した。その結果、スタジアムにおけるホームチームのサポーターの割合よりも、観客の絶対数の方が審判の判定に影響を与えることがわかった。

今回行った分析のみから政策的示唆を直接的に見出すことは難しいが、社会的圧力の存在が個人の行動に影響を与えることを自然実験的な状況で実証的に示した点に政策的な意義があると考えられる。まず我々が行った分析は、学術的にはAkerlof (1980)の先駆的な研究から連なる社会的慣習に関する経済学理論についての実証研究と位置づけることができる。この理論は、個人が社会的慣習を逸脱した行動をとると、他人からの評判といった非金銭的もしくは金銭的なペナルティが社会から与えられるという想定のもとで、社会的慣習に適合する個人と社会との相互関係をモデル化したものである。この理論についてはCOVID-19パンデミック当初のいわゆる「自粛警察」を意識して外出行動を控えるといったエピソードなどが直観的な例として挙げられるであろう。それと同時に政府にとってこの理論は、国内の社会構成員に対して政府が行動規範に関するメッセージを提示することによって、そのメッセージから逸脱することによる個人にとっての社会的評価の損失の形成と、その結果としての社会的に望ましい慣習を形成する余地がある(注1)のではないかという政策的示唆がある。そして今回我々が行った分析は、この社会的慣習の理論の予想について、エピソードベースでの言説ではなく、実験的な状況を利用した信頼性の高い識別戦略を以て肯定的に検証することができた。この点に今回行った分析の政策的な意義があると考えられる。

脚注
  1. ^ それと同時に政府の行動によっては社会的に望ましくない行動規範および慣習を生み出しかねないことについて慎重でなければならないことを指摘しておく。