執筆者 | 鶴田 大輔(日本大学)/内田 浩史(神戸大学) |
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研究プロジェクト | 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト
2000年代後半の世界的金融危機(Global Financial Crisis: GFC)、2020年以降のコロナウイルス感染拡大(COVID)など、経済・金融危機時に企業は様々な経済的ショックを受け、資金不足に陥る。その対処として企業は様々な対策を打つが、そうした対策の一つが仕入先からの企業間信用提供である。企業間信用は企業間の掛取引に伴う信用・貸借であり、買掛金や支払手形として捕捉される。企業間信用がショックへの対策として用いられるのは、信用(掛払い)の条件変更として売掛期間の延長や掛比率の増加が行われるケースである。こうした形で当座の資金の流失を防ぎ、資金不足に対処することで、企業は事業活動の縮小を防ぎ、生産・投資・雇用といった実物面での影響を被らなくて済むかもしれない。この効果を本稿では、企業間信用の緩衝材と呼ぶ。
本稿では、企業間信用が実際に緩衝材効果を持つかどうかを、RIETIがGFC前後に実施した『企業・金融機関との取引実態調査(2008年2月実施)』『金融危機下における企業・金融機関との取引実態調査(2009年2月実施)』、ならびにコロナ禍中に実施した『新型コロナウイルス感染症下における企業実態調査(2020年10月実施)』から得られたデータを用いて分析した。これらの調査では企業が危機時に取った対策を尋ねており、本稿では仕入先に対する対策である「買掛・支払手形サイト長期化あるいは手形・掛払比率増加」と「仕入数量の抑制」の有無を、企業間信用による資金不足への対処、企業活動の縮小を表す指標として注目した。
本稿では、これらの対策の有無に応じて1又は0の値を取るダミー変数LENGTHEN_TC、REDUCE_PURCHASEをそれぞれ作成した。LENGTHEN_TCが1であれば、買掛・支払いサイトの期間延長、REDUCE_PURCHASEが1であれば、仕入数量の抑制を行ったことを表す。前者が1で後者が0の場合を企業間信用が緩衝材効果を持つケース、つまり買掛・支払いサイトの期間延長により仕入れを抑制せずに済んだケースとし、その頻度を分析した。結果は下表に示した通りであり、GFCサンプルとCOVIDサンプルでほぼ同様である。GFCサンプルで仕入数量を抑制した企業(REDUCE_PURCHASE=1)の割合は、企業間信用を延長しなかった企業(LENGTHEN_TC=0)では17.05%(=552/3238)、延長した企業(LENGTHEN_TC=1)では34.19%(=40/117)である。またCOVIDサンプルではそれぞれ5.58%(=207/3713)と37.04%(=20/54)である。企業間信用の期間延長の有無により、仕入数量を抑制した企業の比率は大きく異なるが、むしろ延長した企業ほど仕入数量を抑制する比率が高かった。このことは、追加的な企業間信用を得た企業はむしろ仕入数量を抑制する比率が高く、どちらの対策も取らざるをえなかった企業が多いことを示唆している。
また本稿ではもう一つの分析として、どのような場合に(頻度は低いとしても)企業間信用が緩衝材効果を持つかを分析した。サンプル企業は、企業間信用の期間延長の有無と仕入数量の抑制の有無に応じて4つのタイプに分かれるが、この分析ではこの4タイプが選択される確率の決定式を、multinomial logitモデルを用いて推計した。得られた結果によると、緩衝材効果を示すケースの選択確率に対して、仕入先の規模や仕入先への依存度、仕入先との取引関係の長さは影響しておらず、仕入先の特徴や関係によって緩衝材効果の発揮に違いはなかった。これに対して、ショックへの対策として銀行から新規借入あるいは既存借入の条件緩和を受けた企業は緩衝材効果を発揮しやすいという結果も得られた。この結果は貸出や信用保証等の金銭的支援が緩衝材効果を促進することを示唆している可能性があり、危機時の政策金融の重要性を示唆している。しかし、緩衝材効果を示すケースはそもそも少なく、この政策効果の量的規模は大きいとは考えにくい。ただし、そもそも本稿の結果は、企業間信用は資金不足への対処として用いられることは少ないことを示しており、この点で、資金繰り対策としては金融面での直接的な支援が重要であることを示唆している。