ノンテクニカルサマリー

経済政策の不確実性が企業投資と現金保有に与える影響:日本における検証

執筆者 藤谷 涼佑 (東京経済大学)/服部 正純 (一橋大学)/安田 行宏 (一橋大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

本稿は、経済政策の不確実性(EPU)が日本企業の投資と現金保有行動に及ぼす影響について実証的に検証を行ったものである。Arbatli, Davis, Ito & Miyake (2019) らによって開発された日本のEPU指標を用いる。彼らはBaker, Bloom & Davis (2016)の米国のEPU指標作成のアプローチに基づいて日本のEPU指標を計算している。具体的には、日本における主要4紙(日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞)の新聞記事からテキストマイニングにより、経済政策に関する不確実性の指標を構築している。同様のEPU指標は、米国や日本に限らず、多くの国で作成され研究に利用されるようになっている。Arbatli, Davis, Ito & Miyake (2019) の指標の特長として、EPU指標のサブカテゴリーごとの指標、すなわち、財政政策、金融政策、通商政策、為替政策の4つのサブカテゴリーについても作成している点が挙げられる。

本稿では、EPUが企業の投資行動にどのように影響に与えるかについて、リアル・オプション理論からの含意に基づき仮説を構築している。投資は非可逆的であるため、不確実性が高いほど、投資を遅らせることに経済的なオプション価値が生じることから、EPUが高いほど、企業投資は減少すると推測される。現金保有については、資金制約(予備的動機)の観点から、EPUが高くなると、資本コストが高くなるため資金制約が厳しくなること、また、銀行の貸出供給が減少すると予想される(Berger, Omrane, Kim & Li, 2021)ことから、EPUが高いほど、現金保有は高くなると予想される。

上記の検証仮説に対する本稿の分析の結果として、表1にあるように、EPUが高くなると、日本企業は投資を減らしていることが分かった。具体的には、EPU指数が倍になると、投資が22%減少することを含意している(1列:0.048/0.1892(投資の平均)=0.216)。カテゴリー別の推計結果については、特に財政政策に関するEPUが投資を抑制するほか、為替政策に関するEPUも投資を抑制することが分かった(2列と5列)。ただし、為替政策に関するEPUが投資を抑制する効果は短期的であるとの結果も得た。また、EPUが高いほど、企業の現金保有が増加することも分かった(7列)。具体的に、EPU指数が倍になると、現金の増加額が1.36倍(0.1515/0.1117(現金保有の変化の平均)=1.356)となる(現金残高の7%程度増加)ことを含意している。これは、キャッシュフローに対する感応度が高い企業ほどEPUの増加に対して現金保有を増加させるという意味で、資金制約を恐れた予備的動機と整合的な結果と言える。

さらに、米国のEPUが高いほど、企業の投資は抑制されることから、米国のEPUのスピルオーバー効果が確認された(6列)。なお、日本のEPUを米国のEPUに回帰した残差を用いることで、純粋な日本国内におけるEPUが投資に影響があるかを検証したところ、概ね上記と同様の結果が確認された(本文のTable 8を参照)。

以上の分析結果は、日本の経営者が、より高い米国の経済政策の不確実性と日本の経済政策の不確実性の下で投資決定を行う際により慎重になることを示唆しており、明確な政策方針の提示が日本企業の攻めの経営を促進するためにも重要であることを含意している。

表1 EPU指標と企業投資、現金保有の関係のまとめ
表1 EPU指標と企業投資、現金保有の関係のまとめ
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***は統計的に1%水準で有意であることを示している。