ノンテクニカルサマリー

資源企業における資本構成理論の検証とマクロ不確実性の役割

執筆者 Denny IRAWAN (オーストラリア国立大学)/沖本 竜義 (客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題の背景

企業の資本構成や資金調達法の選択はビジネスをするうえで、最も重要な選択のひとつである。例えば、資金調達法は企業の資本コストを決定し、収益性に影響を及ぼす可能性がある。また、資金調達法は企業の生産コストにも影響を及ぼすので、企業の供給能力にもインパクトをもつ。さらに、資本構成は企業の財務支払い能力に関連するため、企業の生存確率に影響を及ぼす。そのため、企業の資本構成や資金調達を分析することは重要な問題であり、資本構成を説明する理論も複数考案されている。例えば、静学的トレードオフ(STO)理論は、企業の資本構成においては、負債による税金控除便益と財務圧迫の費用のトレードオフが重要であることを主張する理論であり、ペッキングオーダー(PO)理論は、情報の非対称性によるコストのため、企業は株式による資金調達より、内部資金や負債による資金調達を選好することを示唆する理論である。また、マーケットタイミング(MT)理論は、企業は市場状態に応じて、最も効率的な資金調達法を選択し、資本構成を決定することを主張する理論である。これらの理論のうち、どの理論が企業の資本構成をより良く説明できるかを検証することは興味深い問題である。

一方、政治的安定やマクロの不確実性が経済に与える影響を分析することは多くの分野で新しい課題となっている。実際に、一般的な不確実性の指標であるボラティリティに加えて、さまざまな観点に着目した不確実性の指標も多く提案されており、地政学不確実性や経済政策不確実性などがその顕著な例である。不確実性は、企業の資本構成にも大きな影響を与えることが考えられ、どの不確実性がどのような影響を与えるかを明らかにすることは有意義であると考えられる。

本研究の目的は、上記のような観点を踏まえ、資源企業の資本構成に関して、包括的な分析を試みた。具体的には、世界各国の資源企業の資本構成に関して、STO理論、PO理論、MT理論を検証し、PO理論とMT理論において、不確実性が資源企業の資本構成の選択に与える影響を分析した。資源は、多くの国において輸出額に占める割合が大きく、2017年における輸出総額は1.5兆ドルを超える規模である。したがって、資源企業は世界経済において比較的重要な役割を果たしているため、資源企業の資本構成を分析することは、大変興味深い問題である。特に、資源企業の供給能力や倒産は、国際的なコモディティ供給に関連するため、資源企業の資本構成を理解することは、政策当局においても、非常に有意義であると考えられる。

本研究の主な結果

本研究で得られた結果は次のようにまとめられる。まず、STO理論を検証した第1の分析からは、負債による税金控除便益が、資源企業の資金調達に有意な影響を与えている証拠はなく、STO理論を支持する証拠はほとんど得られなかった。次に、STO理論とPO理論を比較した第2の分析からは、STO理論と比較して、PO理論が資源企業の資本構成をより良く説明できることが示唆された。この結果を受けて、PO理論をより詳細に分析した第3の分析では、まず、資源企業の負債による資金調達の指標であるPO係数の時間的推移を分析した。その結果を、全標本、再生可能資源セクター、非再生可能資源セクターに関して、図示したものが図表1である。図から分かるように、セクターに関わらず、資源企業が負債による資金調達を減らしている傾向が明らかとなり、2008年以降は負債による資金調達が低水準にとどまっていることが明らかとなった。また、2008年以降、PO理論において、不確実性が一定の役割を果たすようになってきていることが示唆され、不確実性が資源企業の負債による資金調達を増加させる傾向にあることが確認された。さらに、MT理論に基づいた分析でも、2008年以降、不確実性が果たす役割が、特に非再生可能資源企業の資本構成の選択において、大きくなっていることが示唆された。より具体的には、地政学リスクの不確実性や経済政策の不確実性が企業のリスク許容度を低下させ、企業のレバレッジを低下させる傾向にあることが明らかとなった。

政策的インプリケーション

本研究の結果、資源企業の資本構成を説明する理論として、ペッキングオーダー理論とマーケットタイミング理論が有力であることが示唆された。また、2008年以降、商品価格の不確実性、地政学リスクの不確実性、ならびに経済政策の不確実性が、資本企業の資本構成の選択において果たす役割が大きくなっていることが示唆された。資源企業の資本構成は、資源企業の供給能力や倒産にも関連するため、これらの結果は政策当局においても、非常に重要な結果である。特に、資源企業の資本構成において、地政学リスクや経済政策の不確実性が大きな役割を果たすようになってきていることは、一国の政策に直結するものであり、示唆に富む結果である。特に、地政学リスクや経済政策の不確実性は、非再生可能資源企業のリスク許容度を低下させる可能性が示唆されており、これは非再生可能性原企業の供給能力の低下につながる可能性もある。したがって、政策当局者は、自国の地政学リスクや経済政策の不確実性が高くならないように注意を払う必要があり、さらに他国においてそれらの不確実性が高くなった場合は、それが自国の資源供給に与える影響を注視する必要があるといえるだろう。

図表1:PO係数の推移
図表1:PO係数の推移