ノンテクニカルサマリー

COVID-19ニュースのフランス金融市場への影響を理解する

執筆者 Willem THORBECKE (上席研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のニュースは、2020年初頭金融市場に混乱をもたらした。2020年1月1日から3月12日までの間にイタリアの株式市場は45%下落した。フランス株式市場はこの時点で36%の下落、ドイツ株式市場は33%の下落であった。米国株式市場は27%、日本株式市場は25%下落した。

3月、世界各国政府がさまざまな政策を打ち出し、株価の下落は止まった。例えば、連邦準備制度理事会は、翌日物FF金利誘導目標を1.5%ポイント引き下げ、低金利維持を確約するフォワードガイダンスを公表し、財務省証券とモーゲージ証券を買い入れて量的緩和(QE)を実施し、財務省証券のプライマリー・ディーラーに融資を行い、銀行貸出を奨励し、その他信用の流れを支える政策措置を講じた。米議会は、コロナウイルス支援・救済・経済安全保障(CARES)法を可決した。この救済策により、中小企業に対する従業員給与支払いのための融資、失業給付の拡充、年収が個人で75,000ドル以下(または夫婦合算申告で年収150,000ドル以下)の場合について成人に1,200ドル、子どもに500ドルの現金給付、保健医療システムおよび州政府・地方自治体への資金の振り向けが行われた。Hartley and Rebucci (2020)、Ramelli and Wagner (2020)、 Chen et al. (2020)およびその他の報告によれば、これらの措置は株式、債券、その他金融市場の回復に貢献した。

欧州中央銀行(ECB)は2020年3月12日、いくつかのパンデミック経済対策を発表した。これには、QE策として2020年に1200億ユーロの追加購入、対中小企業融資を後押しするための銀行への補助金付き融資、ECB預金金利を下回る金利での銀行への融資などが含まれた。これらの政策は、銀行セクターの流動性を高めた。Ortmans and Tripier (2020)は、ECBによるこうした介入は、COVID-19感染拡大のニュースと欧州株式市場・債券市場の混乱の連動を断ち切ったとしている。

Ortmans and Tripier (2020)の報告によれば、ECBの介入以前、人口100万人当たりのCOVID-19感染者数10人の増加で、ユーロ圏15カ国の10年国債の対ドイツ国債利回り差は直後に0.021%ポイント、5営業日後に0.24%ポイント拡大した。また彼らは、3月のECBによる対策以前において、人口100万人当たり新規感染者10人のニュースで5営業日内にユーロ圏株価が11%下落を示したことも明らかにしている。

本稿では、2020年3月の政府介入以前においてCOVID-19のニュースが金融市場に混乱をもたらした要因を検証する。このため、COVID-19のニュースがどのようにフランスの株式総合利回りに影響を及ぼしたかを詳細に調査する。COVID-19のニュースが総合利回りに影響を及ぼし得たいくつかの要因として以下が考えられる。投資家は、健康不安あるいは法的なロックダウン要請がホテル、交通機関、レストランでの食事など密な接触を避けられないものへの支出を制約すると予想したかもしれない。国際貿易が阻害され、サプライチェーンが混乱するとの懸念が、グローバル・バリューチェーンに依存する企業に悪影響を及ぼしたことも考えられる。また、危機の保健コストや経済コストを補うための政府借入金の増大が国債利回りの上昇を招き、国債を保有する銀行に悪影響を及ぼした可能性もある。極論を言えば、国債の対ドイツ国債利回り差の爆発的な拡大が単一通貨の崩壊リスクを高めた可能性も考え得る。

コロナ禍はまた、欧州において2つのディスインフレ・ショックを引き起こした。第一に、投資家が資金を他の通貨への投資から引き上げ、安全なユーロに逃避したこと、またFRBがECBよりもさらに金利を引き下げると投資家が予想したことから、コロナがユーロ高を引き起こした形となった。第二に、投資家が輸送支出の減少を予測したこと、産油諸国が危機への対応に苦戦したことから、コロナに起因して原油価格が下落した。図1は、欧州が危機に見舞われた時期のユーロおよびブレント原油価格の推移を示したものである。ユーロは2020年2月21日から3月9日までの間に6%上昇した。ユーロへの1標準偏差のショックは0.59%であるので、6%の変化は大幅な通貨高である。この期間、ブレント原油価格も53%下落した。コロナ危機のニュースは、ユーロと原油価格に影響を及ぼすことによって株価にも影響を及ぼしたと考え得る。

2020年3月12日のECBの介入以前においてCOVID-19の新規感染者数のニュースが金融市場に影響を及ぼした要因について調査するため、本稿では、フランスの174件のアセットのユーロ、ブレント原油価格、および過去20年間のその他いくつかのマクロ変数に対するエクスポージャーを検討する。次に、アセットのマクロ変数に対するエクスポージャーと2020年におけるCOVID-19感染者数に対するエクスポージャーとの比較を行う。その結果から、ユーロ高および原油価格下落の悪影響を受けた株式とCOVID-19感染者数の増加の悪影響を受けた株式に緊密な関係があることがわかる。この結果は、感染者数増加に起因して、原油価格下落やユーロ高の影響を受ける可能性のあるアセットのリターンが低下したことを示唆するものである。また、ECBの景気刺激策が有利に働いた株式には、感染者数の増加もプラスに働いたことを示す証拠がいくつかある。このことは、投資家が感染者数の増加は景気刺激策を引き起こすと予想したことを示唆する。

最後に、銀行全般が感染者数増加の悪影響を受けた証拠は一切ない。石油産業に融資をした銀行は感染拡大によって打撃を受けたが、しかし他の銀行はそのようなことはなかった。このことは、ソブリンと銀行の「破滅のループ」(銀行が保有する国債の価値が下落すると、銀行救済のためにさらに借入れをするよう政府に圧力がかかるという負の連鎖)が、2020年初頭にコロナ感染拡大が発生してもフランスの株価の反応を引き起こすことはなかったことを示唆している。これらの所見から、COVID-19危機は、ユーロおよび原油価格にディスインフレ・ショックを引き起こし、それが金融市場に悪影響を及ぼしたこと、ならびにECBはこれらのショックがフランスの株式市場に及ぼす影響を相殺することに成功したことがわかる。

図1 ユーロの価値とブレント原油価格、2020年1月-3月
図1 ユーロの価値とブレント原油価格、2020年1月-3月
Source: Datastream database.
参考文献