ノンテクニカルサマリー

民主主義の呪い:2020年の教訓

執筆者 成田 悠輔 (客員研究員)/須藤 亜佑美 (イェール大学)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

民主主義は奇怪な制度である。どこの誰が、人の生活どころか生命さえ左右する致命的な決断を、どこの馬の骨ともしれない街頭の一般人アンケートに委ねようと思うだろう?

実際、つい最近まで民主主義は眉唾ものだった。アリストテレスが紀元前に書いた『政治学』も言っている。「極端な民主制からも寡頭制からも独裁制は生じる」立憲民主運動が葬り去った封建領主や貴族の横暴はひどかった。しかし、民主主義が可能にするマスの横暴がそれよりマシだと信じる理由は実は薄い。マスの大群に飛び込むことが政治の標準規格となったのはここ200年ちょっと、若く特異な現象である。

しかし、ここに来て民主主義への疑問が再燃している。格差と憎悪の拡大、SNSによる情報汚染、ポピュリズムの台頭ーだいぶ前から危機にさらされてきた民主主義(成田2020, 2021)に、とどめの一撃が加わった。コロナ禍だ。

「民主主義にウィルスが襲いかかっている」、そう嘆いたのはニューヨーク・タイムズ誌。民主主義の象徴・米国の中心ニューヨークで、コロナ死者の死体が公園にうずだかく積み上げられた光景は記憶に新しい。米国のコロナ死者数は50万人を超え、人命被害でも経済被害でも、第二次大戦以来最悪の危機に直面している。

対照的なのが、早々とコロナ封じ込めに成功して三密なパーティーに興じる中国の若者の姿である。上海のような密度の高い大都市でさえ、中国は日常生活を取り戻して久しい。

米国の失敗と中国の成功。これは民主主義が呪われた制度だと暗示しているのだろうか? それとも、何かの偶然や、民主主義とは別の要因の反映に過ぎないのだろうか? この疑問に答える独自の分析を、私と須藤亜佑美さん(イェール大学の大学生で半熟仮想株式会社のメンバー)で行った。

分析の結果、民主主義こそが2020年に人命と経済を傷つけた根因であることがわかった。

まず、世論に耳を傾ける民主主義的な国ほどコロナで人が亡くなって、経済の失速も大きい。逆に、中国に限らず専制的な国はコロナの封じ込めに成功し、経済の打撃も小さい場合が多い。この相関は米国と中国だけに限らない世界的現象だ(図参照)。

「民主主義的な国」の定義には、シンクタンクNGOのFreedom Houseが作成した指数を用いた。政府の権限への制約や政治的競争などが整っている国ほど指数が高くなる。そして、この民主主義指数の1標準偏差分の上昇が、GDPの2.3%もの低下、100万人あたりのコロナ死者数264人の増加と相関していることがわかった。民主主義指数の1標準偏差分の差は、イラクとインドネシア、あるいはインドネシアとフランスの政治体制の違いに相当する。

図

しかも、この相関関係は因果関係でもあることがわかった。民主主義こそがコロナ失策を引き起こしているようなのだ。

では、どうすれば民主主義の因果関係としての影響を測れるのか? 妄想としては、政治体制以外は全く同じ国をたくさん用意して、各国に異なる民主主義度合いを持つ政治制度を埋め込み、どのような政策結果を生むかを観察してみたい。そうすれば、政治制度以外の要素の影響を除いた民主主義そのものの影響を測れるからだ。しかし、そんな実験はもちろんできない。

そこで私たちは「操作変数(Instrumental Variable)」を用いた。操作変数法は、実現不可能な理想的実験に似た状況が現実世界で自然に発生した場面を見つけてくる、いわゆる「自然実験」の一種である。様々な要因(民主主義、気候、人種、文化、医療技術など)が関心のある結果(経済成長や公衆衛生)に影響を与えているとき、そのうちの一つの要因(民主主義)のみの影響を測るために、その要因(民主主義)には影響を与えるが、他の要因には影響を与えない何らかの変数(操作変数)を見つける。その操作変数がたまたま違ったことで生まれた民主主義の変化が結果にどのような影響を与えたかを調べることで、民主主義そのものの影響だけを抽出する方法だ。そのように民主主義を変化させる操作変数として、私たちは既存研究が提案した5つの変数を再利用した。

  • ヨーロッパ人入植者の死亡率 (Acemoglu, Johnson and Robinson, 2001)
  • 16世期の人口密度 (Acemoglu, Johnson and Robinson, 2002)
  • 農作物と鉱物の有無 (Easterly and Levine, 2003)
  • 英語や西欧ヨーロッパの言語を話す人口の割合、どれくらいヨーロッパと貿易をしやすい環境にあるかを示す「フランケル・ローマーの貿易シェア」と呼ばれる指数 (Hall and Jones, 1999)
  • イギリス、フランス、ドイツの法的起源 (LaPorta, Shleifer and Vishny, 1998)

どの操作変数を用いても、民主主義は経済も人命も痛めているという結論にたどり着いた。その結果をまとめたのが以下の表である。ヨーロッパ人入植者の死亡率を操作変数とした表の1列目は、民主主義指数が1標準偏差分上昇すると、2020年のGDPが3.1%も減少し、人口100万人あたりのコロナ死者数が441人も増加することを示している。2020年の世界の平均GDP成長率が-5.7%、人口100万人あたりのコロナ死者数が285人であることを考えると、民主主義の影響がいかに大きいかがわかる。2列目は気候、人口密度、平均年齢、肥満度などの影響を制御した上で1列目と同様の操作変数法を用いた結果を示している。結果は1列目と大きく変わらない。3−10列目では他の操作変数を用いてみたが、いずれも民主主義が2020年における経済成長と人命救助に負の影響を引き起こしていることを示している。

民主主義の因果的影響の推定値(操作変数を用いた二段階最小二乗法)
民主主義の因果的影響の推定値(操作変数を用いた二段階最小二乗法)

なぜ民主主義は失敗するのか? 2019年までEUの委員長だったジャン=クロード・ユンケルはこう発言したことがある。「何をすべきか政治家はわかってるんだ。すべきことをしたら再選できないこともね」この言葉が亡霊のように世界を覆っている。

感染症の流行やウェブ上の情報流通など、いま世界が直面する最大の課題群には共通点がある。人の日常的な認知能力を超えた速度と規模で問題が急に爆発することだ。超人的な速さと大きさで次々障害が現れる世界では、凡人の日常的感覚(=世論)に押し流される民主主義はズッコケるしかないのかもしれない。古代から繰り広げられてきた「速度と政治」問題の現代的変奏だ(Virilio, 1977)。

「複利は人類による最大の発明だ。知っている人は複利で稼ぎ、知らない人は利息を払う」とかつて述べたのはアインシュタインである。複利のように倍々ゲームでウィルスやフェイクニュースや誹謗中傷が社会を覆い尽くすようになった。だが、先進国の人々が受ける義務教育は何十年もほとんど変化がない。

その結果、人類はどんどん「知らない人」になっている。人類全体が民主主義を通じて利息を払わされているかのような状況だ。

近代の経験則は「民主的な国ほど生命は安全で経済は成長する」だった。この常識が崩れかけている。民主主義を諦めるのか? 人の脳内を改造するのか? 情報技術環境の規模と速度にストッパーをかけるのか? 政治の土台となる価値観と仕組みをどう作り直せばいいのか、私たちは文字通り命がけの選択を迫られている。

参考文献
  • Acemoglu, Daron, Simon Johnson, and James A. Robinson. 2001. "The Colonial Origins of Comparative Development: An Empirical Investigation." American Economic Review, 91(5): 1369-1401.
  • Acemoglu, Daron, Simon Johnson, and James A. Robinson. 2002. "Reversal of Fortune: Geography and Institutions in the Making of the Modern World Income Distribution." Quarterly Journal of Economics, 117(4): 1231-1294.
  • Easterly, William, and Ross Levine. 2003. "Tropics, Germs, and Crops: How Endowments Influence Economic Development." Journal of Monetary Economics, 50(1): 3-39.
  • Hall, Robert E., and Charles I. Jones. 1999. "Why Do Some Countries Produce So Much More Output Per Worker Than Others?" Quarterly Journal of Economics, 114(1): 83-116.
  • LaPorta, Rafael, Florencio Lopez-de-Silanes, Andrei Shleifer, and Robert W. Vishny. 1998. "Law and Finance." Journal of Political Economy, 106: 1113-55.
  • Virilio, Paul. 1977. Vitesse et Politique : Essai de Dromologie, éd. Galilée. (『速度と政治―地政学から時政学へ』平凡社、1989年/2001年)
  • 成⽥悠輔. 2020「選挙も政治家も、本当に必要ですか」朝⽇新聞GLOBE
  • 成⽥悠輔. 2021「未来の超克 決めない政治」⽂學界2021年6⽉号