執筆者 | Denny IRAWAN (オーストラリア国立大学)/沖本 竜義 (客員研究員) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
問題の背景
近年、環境・社会・企業統治を考慮に入れたESG投資に注目が集まっている。ESG投資は、企業の財務指標だけではなく、環境・社会・企業統治に関する項目にも焦点を当て、企業の長期的な持続性を重視した投資原則である。そのため、ESG投資は長期的な投資を目的とする年金基金などの機関投資家を中心に発展してきたが、近年ではヘッジファンドや個人投資家まで取り込み、より急速な拡大を成し遂げている。ESG投資の基本原則は、2006年に国連を中心に提唱された責任投資原則であり、2020年の時点で責任投資原則に署名した組織数は、3000を超え、2010年から4倍以上の増加となっている。また、世界的にESG投資の枠組みで運用されている資産の総額は、2020年時点で23兆USドルを超え、2010年の規模と比較して、5倍近い規模となっている。
ESG投資の発展を受けて、ESG投資や関連する指標が金融市場や企業行動などに与える影響を明らかにすることが重要な課題となってきている。それを受けて、本研究では、ESG投資への認知の拡大を考慮を入れたうえで、企業のESGパフォーマンスと企業価値や企業の投資行動の間の関係に関して、分析を行った。より具体的には、本稿では、まず、企業のESGスコアとトービンのQで測った企業価値の間の関係が、ESG投資への認知が拡大するにつれて、変化しているかを検証した。それに加えて、企業のESGスコアとESG投資への認知が、企業の超過投資行動に及ぼす影響を明らかにすることを試みた。
本研究の主な結果
本研究で得られた結果は次のようにまとめられる。まず、ESGスコアとトービンのQで測った企業価値の関係に関しては、多くのセクターでESG総合スコアが有意に企業価値を高める傾向にあることが明らかとなった。また、ESG投資への認知の拡大を考慮に入れた分析の結果、ESGスコアと企業価値の間の有意な正の関係は、ESG投資への認知が進むにつれて、強くなっていることが判明した。さらに、ESG総合スコアを、環境、社会、企業統治、ESG案件に分割し、各指数が企業価値に与える影響を分析した結果、いずれのピラーにおいても、一般消費財、生活必需品、ヘルスケア、資本財、情報技術、公益事業のセクターにおいて、ESGスコアが企業価値により大きな影響を及ぼす可能性があることが示唆された。続いての分析では、まず、企業の投資行動に関して、企業価値が高い企業は、より豊かな投資機会をもつことが確認された。つまり、より高いESGスコアを持つ企業が、より高い企業価値を通じて、より豊かな投資機会を保有する可能性が示唆された。この結果を受けて、本稿では、より高いESGスコアを持つ企業が、超過投資をする傾向にあるかどうかに関しても分析を行った。ESG投資への認知の拡大を考慮に入れたうえで、ESGスコアと超過投資の関係を分析した結果をまとめたのが図表1である。図表からわかるように、ESGスコアならびにESGスコアとPRI署名数の交差項が有意で正になっている結果は少なく、ESGスコアと超過投資の間に、強い傾向は見受けられない。言い換えれば、分析の結果、より高いESGスコアは、企業価値を上昇させるものの、それが必ずしも超過投資を助長するとは限らないことが判明した。
政策的インプリケーション
本研究の結果、ESG投資への認知が拡大するにつれて、ESGスコアが高い企業の企業価値は高くなる傾向があることが確認された。これは、ESGスコアが高い企業には、ESG投資の資金が流入しやすい傾向があり、ここ15年間のESG投資の発展を受けて、その傾向が顕著になっていることを示唆している。企業にとって、高いESGスコアを獲得することは、コストを要するものであり、それが必ずしも企業価値を高めるかどうかは、定かではない。しかしながら、本研究の結果は、高いESGスコアが、高い企業価値につながることを示しており、その傾向が近年強くなっていることが確認されたことは、興味深い結果である。また、本研究の結果からは、企業はESGスコアを高めることによって、企業価値を高めることができる可能性があるため、企業がESGスコアを高めるために超過投資を増大させる可能性も考えられる。しかしながら、本研究の結果は、今のところ、そのような企業行動が見られないことを示しており、これも示唆に富む結果である。ESGスコアの評価項目には、脱炭素の効率性や女性の活躍具合なども含まれており、これらは、今日の日本において、最も重要な政策課題のひとつである。したがって、今後、脱炭素社会への移行や女性活躍のより一層の促進をはかることを目的とする政策がより推進されることが考えられる。本研究は、企業がそのような政策にきちんと対応すれば、ESGスコアは向上し、それが企業価値の向上にもつながるものの、超過投資を助長する可能性は低いことを示している点で、非常に示唆に富む結果であるといえる。