ノンテクニカルサマリー

資源企業における危機時の余剰資本と過小資本

執筆者 Denny IRAWAN (オーストラリア国立大学)/沖本 竜義 (客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題の背景

企業の過小資本は、企業の倒産にも関わる問題であるので、何らかの経済危機が起こった際に、企業が過小資本に陥る可能性を評価することは、興味深い問題である。特に、経済危機の際には、多くの企業や市場参加者が困難な状況に陥り、資本を増強することも難しくなるため、企業の過小資本は経済全体としても深刻な問題に発展する可能性が大きい。そのため、経済危機時における個々の企業の過小資本の程度やその変動要因を特定することは、政策当局者にとっても、大変意義のある課題である。

一方、企業は、経済危機時においても、余剰資本を保有することで、倒産などの経営難に陥るリスクを大きく軽減することができる。しかしながら、必要以上の余剰資本を抱えた資本運営は、資本の効率性を低下させるため、より多くの企業利益や株式収益率を得る機会を犠牲にしなければならない可能性が大きい。したがって、経済危機時における企業の余剰資本の程度やその変動要因を特定することも、重要な問題である。

本研究の目的は、上記のような観点を踏まえ、まず、資源企業の経済危機時における余剰・過小資本の程度を評価した。資源企業は、多くの国において輸出額に占める割合が大きく、2017年における輸出総額は1.5兆ドルを超える規模である。したがって、資源企業は世界経済において比較的大きな役割を果たしているため、資源企業の余剰・過小資本を評価することは、有意義な分析である。また、資源企業の資本においては、株価だけではなく、商品価格も多大な影響をもつことが考えられるため、株価の暴落と商品価格の暴落という2つの経済危機を考え、各危機における各資源企業の余剰・過小資本の推定を試みた。次に、その結果を利用して、各国や世界のビジネスサイクルや不確実性が、資源企業の危機時における余剰・過剰資本に与える影響や、企業の倒産確率に寄与する程度を分析した。最後に、資源企業の危機時における余剰・過小資本が、企業パフォーマンスに与える影響を明らかにすることも試みた。

本研究の主な結果

本研究で得られた結果は次のようにまとめられる。まず、第1の分析からは、株価の暴落と商品価格の暴落という2つの危機において、資源企業の余剰・過小資本は、同様の傾向を示し、2000年以前は過小資本に陥る企業が多いものの、2000年以降は余剰資本を保有する企業が過半数を占めることが示唆された。これは、2000年以降の商品価格の上昇に加えて、資本企業のより健全な資本運営を反映したものだと考えられる。また、各国や世界のビジネスサイクルや不確実性が、資源企業の経済危機時における余剰・過少資本に与える影響を評価し、図示したものが図表1である。具体的には、図表1は、全セクター、再生可能エネルギーセクター、再生不可能エネルギーセクターなどのセクターに関して、不確実性やビジネスサイクルショックに対する株価暴落時の余剰資本のインパルス応答を図示したものであり、例えば、第1列は商品価格の不確実性ショックに対する余剰資本の反応が、セクター別に図示されている。図表から分かるように、商品価格の不確実性ショック、地政学リスクの不確実性ショック、ならびに経済政策の不確実性ショックが、経済危機時の資源企業の余剰資本を低下させ、過小資本を増加させる傾向にあることが明らかとなった。また、これらの変数は、続く分析で、資源企業の倒産確率を増加させる傾向にあることも確認された。最後に、資源企業の危機時における余剰・過小資本が、企業パフォーマンスに与える影響を評価した分析では、過小資本が株式収益率を大きく上昇させる傾向が示され、資源企業においては、リスクとリターンのトレードオフが大きいことが明らかとなった。

政策的インプリケーション

本研究の結果、株価や商品価格が暴落した際、2000年以前は過小資本に陥る資源企業が多いものの、2000年以降は余剰資本を保有する資源企業が過半数を占めることが示唆された。これは、2000年以降、資源企業全体として、過小資本のリスクが低下していることを意味し、政策当局者にとっては、望ましい結果である。しかしながら、分析の結果、商品価格の不確実性、地政学リスクの不確実性、ならびに経済政策の不確実性のショックが、経済危機時の資源企業の余剰資本を低下させ、過小資本を増加させる傾向があることも明らかとなった。これは、経済政策の不確実性が高まると、資源産業のリスクが増大することを意味しており、示唆に富む結果である。したがって、経済危機時における資源産業のリスクを抑制するためには、政策当局者は経済政策の不確実性が大きくならないように注意をする必要がある。また、政策を含めた世界の不確実性が大きいような状況では、株価や商品価格の暴落が、より深刻な状況をもたらす可能性も示唆されており、留意すべき結果である。さらに、最後の結果は、資源企業は、株式収益率を上げるために、危機時の過小資本を許容するリスクを取るインセンティブがあることが示している。したがって、政策当局者は資源企業がリスクを取りすぎることのないように注視する必要性があることが示唆されており、これも非常に興味深い結果である。

図表1:株価暴落時の余剰資本のインパルス応答関数
図表1:株価暴落時の余剰資本のインパルス応答関数