ノンテクニカルサマリー

グローバル政策リスクと国際金融リスクがマクロ経済に及ぼす影響

執筆者 小川 英治 (ファカルティフェロー)/羅 鵬飛 (摂南大学)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

近年、グローバル化が進む中、グローバルリスクが各国のマクロ経済および金融市場に与える影響がますます注目されている。グローバル・バリューチェーンの進展と世界金融市場の統合によってリスクの国際的な波及効果が拡大している。世界金融危機後に研究者や政策立案者が主にグローバル金融リスクの経済影響に焦点を当てた。近年、主要国における政策不確実性の高まりにより、グローバル政策リスクのマクロ経済への影響に対する懸念が高まっている。

リーマン・ショック後に世界経済は徐々に回復してきたが、近年に英国のEU離脱(Brexit)や米中貿易摩擦などによって主要国における政策不確実が高まった。特に、2020年初頭に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界大流行が発生し、グローバル・バリューチェーンと各国国内生産が崩壊し、世界経済は大不況の兆候を示した。経済回復のために主要国が金融緩和政策と財政拡大政策によって対応したが、金融政策の効果や財政赤字の膨張などの問題点が挙げられている。

Baker, Bloom, and Davis (2016)によって新聞記事に基づく政策不確実性指数(EPU)が定量的に政策リスクを測る指標として提供されている。本研究では、EPUに基づいて作成した国別のグローバル政策リスク(country-specific Global Economic Policy Uncertainty index, cGEPU)指標を構築した。一方、Office of Financial Researchの開発した金融ストレス指数(Financial Stress Index, FSI)をグローバル金融リスク指標として用いている。9変数のベクトル自己回帰(VAR)モデルを用いて、グローバル政策リスクとグローバル金融リスクが主要国のマクロ経済および金融市場に与える影響を分析し、各グローバルリスクの経済影響の国別比較を行った。分析対象は、カナダ、中国、ドイツ、フランス、イギリス、日本、韓国および米国(8カ国)の月次マクロ経済変数(物価、工業生産、長期金利、雇用、貿易)と金融変数(為替レート、株価)である。分析期間は1997年1月から2020年6月までである。

図1と図2は分析期間における政策と金融におけるグローバルリスクと国内リスクの推移を示している。2015年以降、グローバル政策リスクとグローバル金融リスクの推移に大きな相違があることがわかる。主要国の政策リスクの上昇によってグローバル政策リスクが上昇した。一方、金融緩和政策によってグローバル金融リスクが低い水準に維持された。両者ともに新型コロナウイルス感染症拡大後に急増したが、グローバル政策リスクが高い水準を維持し、今後において世界経済への大きな懸念があることが分かる。

本研究における実証分析から次の4つの分析結果を得た。第一に、グローバル政策リスクとグローバル金融リスクの両方は、景気後退効果があり、工業生産減少、物価低下、長期金利下落、雇用悪化、国際貿易量減少をもたらす。第二に、グローバルリスクが金融市場に著しく悪い影響を与えて株価を低下させる。グローバルリスクの上昇に対して避難通貨の米ドルと日本円が増価するが、その他の通貨が減価する。第三に、インパルス応答およびその有意性より、グローバル金融リスクがグローバル政策リスクより有効な経済後退の先行指標であることが明らかとなった。第4に、グローバルリスクの景気後退効果および金融市場への影響は国によって相違がみられる。

分析結果に基づき、本研究では以下の政策提言が示唆される。第一に、グローバルリスクが景気後退効果をもたらすとともに、長期金利を低下させるという実証分析の結果が得られた。これは、グローバルリスクがマクロ経済に影響を及ぼすときに中央銀行が長期金利を低下させるように金融政策を実施していることを示唆する。長期金利の低下は資本形成を刺激し、生産成長と景気回復に影響することによって、グローバルリスクのデフレ効果を相殺できる。したがって、中央銀行は、量的緩和とともに長期金利を引き下げて、新型コロナウイルス世界大流行による景気悪化に対する対策を取る必要がある。さらに、金利引き下げのタイミングの相違によって生じる内外金利差の拡大が引き起こす為替相場変動を防ぐために、金利引き下げにおいては各国中央銀行間で国際協調が必要である。

第二に、新型コロナウイルス世界大流行による景気回復には、長期金利を引き下げる量的緩和政策に加えて、拡張的な財政政策、イノベーション促進政策と構造改革が必要である。2000年代以降、日本や欧州諸国を含む多くの先進国は、長期停滞論のシナリオによる経済成長低下を苦しんでいた。本研究の実証結果によって、短期および長期の生産低下の1つの重要な原因がグローバルリスクの上昇である。ゼロ金利制約で中央銀行が短期金利を通じて経済刺激をするのは困難なので、拡張的な財政政策が必要となる。さらに、イノベーション促進政策と構造改革は長期生産拡大による景気回復に役立つ。

図1. 政策リスク指数
図1. 政策リスク指数
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注)cGEPUとEPUは国別のグローバル政策不確実性指数と政策不確実性指数であり、グローバル政策リスクと国内政策リスクを表す。
出所)https://www.policyuncertainty.com/, 筆者作成
図2. 金融リスク指数
図2. 金融リスク指数
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注)FSIとIVはOffice of Financial Researchの金融ストレス指数と各国株式市場のインプライド・ボラティリティ指数であり、グローバル金融リスクと国内金融リスクを表す。
出所) Office of Financial Research, Yahoo Finance