執筆者 | 伊藤 公一朗 (客員研究員)/依田 高典 (京都大学)/田中 誠 (政策研究大学院大学) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
スマートメータの普及により、電力料金の動的価格プラン(時間によって価格が変化する料金:ダイナミック・プラインシング)の導入が進んでいる。しかし、日本を含む多くの国において動的価格プランへの加入は任意である。そのため、任意加入の過程で「自己選抜」が生じる。つまり、加入を希望した消費者のみが参加し、加入を希望しなかった消費者は既存のプランに留まることになる。
本論文が着目するのは、こういった自己選抜が政策の結果にどういった影響を及ぼすのか、そして自己選択の現象を理解することで最適な政策の設計は可能なのかという点である。
まず論文の序盤では、ロイモデルと呼ばれる経済モデルを用いて電力の動的価格プラン選択において消費者がどういった問題に直面しているかを理論的に分析した。さらにロイモデルと厚生経済学の理論を用いることで、消費者のプラン選択における自己選択が社会厚生の改善とどのように関連するかを示した。この理論モデルから、本問題の鍵は「動的価格プランを選択しやすいタイプの消費者と、そうでない消費者を比べた場合、需要の価格弾力性にどのような違いがあるのか」という問いに行き着くことが示される。
その問いに実証的に答えるため、著者らは神奈川県横浜市において電力料金プラン選択のフィールド実験を行った。実験は経済産業省・一般社団法人新エネルギー導入促進協議会(NEPC)から支援され、横浜市、東芝、パナソニック、東京電力等、さまざまな公的機関、民間企業の協力を得て行われた。実験対象者は、横浜市在住の一般世帯である。インターネットやポスターを通じた勧誘を行い、最終的に、2,153世帯が実験協力世帯として選ばれた。本論文では、そのうち970世帯に対して行われた実験のデータを用いた。
実験では970世帯の全ての世帯に対して動的価格プランを選択する機会を提供した。さらに、そのうち無作為に選ばれた502世帯に対しては動的価格プランを選択した場合には6000円が支払われるインセンティブを提供した。無作為に提供されたこのインセンティブを操作変数として用いることにより、自己選抜の程度と価格弾力性の差異性にどのような関係があるのかを分析するのが狙いである。
図1で示すように、消費者は時間によって価格が変化しない通常の料金(図中で青の点線で示された価格)に直面している。新たに提供された動的価格プランは図中の赤の実践で示された料金である。夏の場合、ピーク時間(午後1時から4時まで)の料金が45円になり、さらに、特に需給が逼迫する日にはピーク価格が100円となる。冬も同様の料金設定がピーク時間(冬の間は午後5時から8時)に対して行われる。一方、動的価格プランに移行した消費者はオフピーク時間では割引が得られ、価格が26円から21円へと下がる。
図2で示すように、6000円の加入インセンティブを受けていないベースライン・グループでは加入率は30.8%で、加入インセンティブを受けたグループは47.5%であった。さらに、図3では、動的価格プランを選択した場合に得られる金銭的ベネフィットが高い人ほど加入するかどうかをテストしている。著者らは各消費者の過去のスマートメータデータを用いて、仮に動的価格プランを選択していた場合にどれだけの金銭的ベネフィットがあるかどうかを計算した。横軸の左側の消費者ほど動的価格プランを選択すると電力料金の支払いが増える消費者であり、右側の消費者ほど電力料金の支払いを抑えられる消費者である。図で示されるように、ベースライン・グループにおいては、電力料金の支払いを抑えられる消費者ほど、加入を選択していることが分かる。また、加入インセンティブを受けたグループは(加入インセンティブがなければ)電力料金が上がる消費者の加入が特に促されたことが分かる。
図4で示したのが、夏のピーク時間(午後1時から4時)の消費量について推定された限界介入効果(Marginal treatment effect )である。限界介入効果は、動的価格プランを選択しやすいタイプの消費者(横軸の左側)と動的価格プランを選択しにくいタイプの消費者(横軸の右側)で平均介入効果がどのように異なっているかを推定する統計量である。ピーク時間においては価格が上がるため、介入効果として消費量の減少が起こることが予測される。図で示されるように、限界介入効果は右上がりの曲線となっている。つまり、動的価格プランを選択しやすいタイプの消費者(横軸の左側)ほど介入効果が高く、動的価格プランを選択しにくいタイプの消費者(横軸の右側)ほど介入効果が低いことを示している。つまり、動的価格プランを選択しやすいタイプの消費者ほど価格弾力性が大きく、価格プランを選択しにくいタイプの消費者ほど価格弾力性が小さいということだ。
本論文の後半では、こういった消費者の行動が政策設計へどのような含意があるかを分析する。動的価格の導入の目的は、電力の限界価格を限界費用に近づけるためである。すると、ある消費者の動的価格プラン加入によって生み出される社会厚生の改善はもともとの価格が限界費用と乖離していたことによって起こっていた死荷重と解釈することができる。この死荷重は消費者の価格弾力性と比例するため、動的価格プランを自発的に選択しやすい消費者ほど社会厚生を高める消費者であることが分かる。
また、消費者の自己選抜と社会厚生の変化を関連づけることにより、自己選抜行動を加味した最適な政策設計を考えることができる。表1では、さまざまな政策の結果をシミュレートして比較している。動的価格を導入しない場合にくらべて、全ての政策で社会厚生が改善するが、動的価格プラン加入インセンティブをして加入を促すことがさらなる社会厚生の改善につながっていることが示されている。また、社会厚生を最大化するためには、どのように加入インセンティブを設計すれば良いのかという分析も行っている。