ノンテクニカルサマリー

新型コロナウイルスと日本経済

執筆者 藤井 大輔 (リサーチアソシエイト)/仲田 泰祐 (東京大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

昨年から感染拡大が続いている新型コロナウイルスは未だ収束の気配を見せておらず、本稿執筆時点(2021年1月21日)で東京を含む11都道府県に緊急事態宣言が発令されている。感染防止策が強化される中で、飲食業や観光業をはじめとするさまざまな産業で経済的打撃が大きくなっており、とりわけ女性や非正規雇用の労働者を直撃しているという報告もなされている。感染抑制と経済活動の両立という議論がなされる中、日本における新型コロナとマクロ経済の関係性を分析した研究はまだ少ない。本稿では、疫学マクロモデルを用いて感染抑制とマクロ経済の関係を分析した。またモデルのシミュレーションを使って、現在東京に発出されている緊急事態宣言の解除基準をいくつかのシナリオで分析した。疫学マクロモデルから出てくる数値は不確実性が非常に大きいため、本研究での結果は1つのベンチマークシナリオにおける試算である事にくれぐれも留意して頂きたい。また日々刻々と変化するコロナウイルスの状況を捉えるため、本研究の結果を毎週アップデートし、下記のウェブサイトで公開していく予定である(https://Covid19OutputJapan.github.io/)。

本研究では疫学で標準的に使われるSIRDモデルを使用し、週ごとのデータを分析した。感染率のパラメータを経済活動に影響するもの(人の動き等)とそうでないもの(ウイルス自体の感染力、うがい手洗いの励行等)に分解し、経済活動がどのように感染率に影響を与えるかを、Googleのモビリティデータをプロキシとして推定した。図1のように人の動きと月次GDPは強い相関があり、人の動きを止めると感染を抑制できるが、経済活動も落ちてしまう。推定したモデルから、GDPの今後の経路を決めると、それに伴う感染拡大の様子がシミュレーションできる。4月から徐々にワクチンの効果が出始めると仮定し、今後一年の感染拡大と平均GDP損失を計算した。その関係性を示したものが図2である。横軸が経済損失、縦軸が新型コロナによる累計死亡者数となっており、図の左下にいくほど、経済にとっても感染防止の面でも望ましい。赤い点線が2020年度末の累計死亡者数となっている。この図から、人の移動を制限する感染対策と経済にはトレードオフがあることが分かる。また経済損失が大きくなるにつれて、カーブが平坦になっていき、限界的な感染抑止効果が逓減していく。前述の通り、SIRDモデルの指数関数的な特徴から、パラメータの推定誤差に起因する不確実性も非常に大きなものとなっていることを重ねて強調しておきたい。

図1
図1
図2
図2

この疫学マクロモデルを用いて、現在東京に発出されている緊急事態宣言の解除シナリオを複数シミュレーションしてみた。感染者数や人の動きは東京のデータを使用し、東京の月次GDPも独自に推定した。政府は1日の感染者数が2000人を超えると緊急事態を宣言し、設定した経済損失のペースを維持、ある基準を下回ると解除する。これを必要であれば何度も繰り返すという想定である。宣言が解除されている場合、経済活動は2020年の9~11月の平均になると仮定している。ベンチマークの解除基準は1日500人である。これをさまざまな解除基準でシミュレーションした結果が図3である。左図が時系列の新規感染者数、右図が各シナリオの経済損失と累計死亡者数を線で繋いだものである。2月の第二週に宣言解除を目指す強い経済抑制の場合は、解除後に感染が拡大し、再び緊急事態宣言を発令せざるをえなくなる可能性がある。また右のトレードオフカーブを見ると、再度緊急事態を宣言する際のカーブは一度だけ宣言する場合のカーブの右上にあるため、感染抑制と経済両方の面で非効率であることが分かる。緊急事態宣言は一度きりの方が望ましく、そのためには新規感染者数を下げ切ってから(ベースライン想定で300人以下)解除する方がいいという試算結果である。もしくは緩い経済抑制を長く続け、500人で解除した場合でも効率的なトレードオフカーブに乗ることができる。具体的な数値はパラメータの設定で変わるが、緊急事態宣言を何度も発令するごとにカーブが右上にシフトしていくという結果は変わらないため、再度の宣言を阻止するような解除基準が重要になると考えられる。

図3
図3