執筆者 | 荒木 祥太 (研究員(非常勤)) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
公務員の給与は民間部門と比べ平均的には高いが、それは採用試験等で比較的能力の高い労働者を選抜した結果なのであろうか。公的部門の労働者と民間部門の労働者との賃金差について、労働者の教育水準や能力の違いでは説明できない部分はどれほどだろうか。これが本論文の問題意識である。
本論文では労働者の能力とそれに対する経済的アウトカムとの対応を分析できる国際成人力調査(PIAAC:ピアック)データを用い、「読解力」「数的思考力」「ITを活用した問題解決能力」といった認知能および学力テストでは測りにくい非認知能力を従来のミンサー型賃金関数で制御される共変量に付け加えることで、労働者の能力の違いで説明できない賃金差、すなわち公務員賃金プレミアムを推計した。従来のデータでは観察ができなかった能力がPIAACを用いることで観察できる点を利用したのが本論文の特徴である。
表1は公的部門労働者と民間部門労働者との賃金差のうち、労働者の教育水準や認知能力では説明できない賃金差を、傾向スコアマッチングという推定手法から計算される平均処置効果(ATT)として推計したものを表している。伝統的なミンサー型賃金関数で制御される変数のみを用いたModel1とPIAACで観察できる変数を順に付け加えたModel2からModel4までの結果を報告しているが、本論文の主要な結果はPIAACで観察できる能力データを全て活用したModel4から得られる。PIAACで測られる認知能力を含む人的資本水準では説明できない公務員賃金プレミアムは、フルタイムとパートタイムを含む全労働者サンプルでは男女ともに4から5対数ポイント程度の先行研究よりも小さく統計的に有意でない値が観察された。これらの結果は公的部門労働者の賃金率は民間部門と比べて、平均的には均衡していると解釈できる。
しかし、フルタイム労働者かパートタイム労働者かといった雇用形態または対照群となる民間部門労働者の事業所規模を考慮した分析から、女性労働者について特に興味深い結果が得られた。女性フルタイム労働者の公務員賃金プレミアムは10対数ポイントという高い水準にあるのに対して、女性パートタイム労働者の公務員賃金プレミアムは-3対数ポイントという負の値をとる。女性フルタイム労働者において大きな公務員賃金プレミアムが存在するにもかかわらず、先述の小さい公務員賃金プレミアムが得られたのは、女性労働者サンプルの約半数がパートタイム労働者で構成されているためである。また対照群となる民間部門労働者を企業規模50人未満の場合と50人以上の場合に制限して分析すると、まず女性フルタイム労働者では対照群を企業規模50人以上の民間部門労働者と設定すると公務員賃金プレミアムが観測されない。その一方で対照群を従業員規模50人未満とした際には、より大きい19%ほどの公務員賃金プレミアムが観測された。
本論文から得られる主な政策的示唆として、公的部門および民間部門それぞれの女性労働者に対する雇用慣行に関して検討するべき課題があることを強調したい。まず公的部門の女性フルタイム労働者の賃金体系について、民間部門のそれと比べ男性との能力で説明できない賃金格差が小さいため、民間部門よりも男女差別が小さいように見える。しかし、男性と比べ、女性の公的部門労働者の多くが低い賃金率のパートタイマーとして雇用されていることを考えると、雇用形態による男女間の間接差別が存在しないかをより注意深く分析する必要がある。また公的部門および民間部門の共通の課題として、女性労働者の賃金形成において、彼女らが蓄積している人的資本が男性と比べて十分な評価がなされていない可能性もある。公的部門労働者の賃金率を民間に準拠することは労働市場の効率化のために政策的に重要であるが、今回得られた結果はパートタイム労働者とフルタイム労働者での待遇差と、参照する民間部門の賃金体系について男女間差の検討の必要性を示唆するものと考えられる。