ノンテクニカルサマリー

豪雨災害時の早期避難促進ナッジ

執筆者 大竹 文雄 (大阪大学)/坂田 桐子 (広島大学)/松尾 佑太 (大阪大学)
研究プロジェクト 日本におけるエビデンスに基づく政策形成の定着
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策史・政策評価プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「日本におけるエビデンスに基づく政策形成の定着」プロジェクト

災害情報や防災知識があり、客観的には避難行動をとることが望ましいにも関わらず、予防的避難行動につながらないということが、災害時に被害をもたらす原因の一つになっている。避難行動を阻害するようなボトルネックが意思決定のどこかにあると考えられる。

人々は、避難することから得られる便益と避難することによる費用の大小関係を考えて、便益のほうが費用よりも大きい場合に避難する。ここでの便益と費用には、金銭的なものに加え心理的費用などの非金銭的なものも含まれる。避難することから得られる便益には、災害の被害を避けられるということがある。避難の意思決定時点においては、避難行動による便益は将来発生する上に避難しなくても被害がないという不確実性もある。一方で、避難すると避難場所への移動の手間、避難場所での不便な生活を強いられること、プライバシーが守られにくいといった金銭的・非金銭的費用が確実に発生する。このような避難行動による期待利得と期待損失を比較検討して、便益が大きいと判断した場合に人々は避難する。その際、災害を損失として考えると、人々は損失回避の傾向があるため、避難によって確実に発生する損失を避難しない場合の期待損失よりも重視してしまい、避難行動を取らない可能性がある。正常性バイアスから被害発生確率を過少に考える可能性もある。いずれ避難した方が望ましいという判断をしたとしても、現在バイアスから避難を先延ばししている可能性もある。

本研究では、こうした行動経済学的なバイアスを前提に、ランダム化比較試験によって豪雨災害時に早期避難を促すナッジメッセージの有効性を検証した。具体的には、広島県民を対象にしたアンケート調査をもとに、仮想的に災害が発生した状況で、行動経済学的なメッセージが住民の避難意思に対して与える影響について分析を行っている。

表1に、本研究で住民に対して送られたメッセージの具体的な内容を記している。従来から送られているメッセージが添付された回答者をコントロールグループFとして、ナッジが用いられている5種類のメッセージが住民の避難意思に対して与える効果を検証した。AとBのメッセージは、この社会規範が災害時に成立するという事実を前提として、自らの避難行動が他人の避難行動を誘発するという外部性があることを認識させ、利他性に訴えかけるメッセージである。Aでは、回答者が逃げることが周囲の人の避難を促し、「他人の命を救うことに繋がる」ということを認知させ、逃げることによって得られる利得を意識させることで避難行動を促す効果がある。

一方でBのメッセージは、Aとはフレーミングを変えて、回答者が避難しないことが「周りの人の命を危険にさらす」ことを認知させる。すなわち自分が避難しないことによる損失を意識させる。AとBのメッセージの本質的な意味は変わらないが、多くの人は利得よりも損失を大きく感じるため、Bの方が避難意思に対して強い効果を持つことが予想される。

損失回避が原因で避難行動を取らない個人に対して有効と考えられるのは参照点を移動させることである。Cのメッセージの「身元が確認できるものを身に付けてください」という文言は、参照点を移動させる効果を持っている。

DとEのメッセージは避難コストから避難行動をとらない人に効果を持つ可能性が考えられる。避難場所の魅力を利得として示したものと損失フレームとして示したものである。

図1に、メッセージ別の避難意図についての分布を図示した。多くの人が社会規範と避難行動の外部性を損失局面で示したBのメッセージに最も強く反応し、次いで利得局面で示したAのメッセージが、避難意思を促すのに効果的であることが分かった。また、効果の異質性に関しても、これらのメッセージは個人や地域の特性にかかわらず効果があること、避難が必要な世帯に対してメッセージが強い効果を持っていたことがわかった。

表1:アンケートで用いたメッセージ(回答者はこのメッセージのうち一つを提示される)
名称 メッセージ
A. 社会規範、外部性、利他性(利得局面) これまで豪雨時に避難勧告で避難した人は、まわりの人が避難していたから避難したという人がほとんどでした。あなたが避難することは人の命を救うことになります。
B. 社会規範、外部性、利他性(損失局面) これまで豪雨時に避難勧告で避難した人は、まわりの人が避難していたから避難したという人がほとんどでした。あなたが避難しないと人の命を危険にさらすことになります。
C. 参照点 豪雨で避難勧告が発令された際には、早めに避難することが必要です。どうしても自宅に残りたい場合は、命の危険性があるので、万一のために身元確認ができるものを身につけてください。
D. 救援物資(利得局面) 豪雨で避難勧告が発令された際に避難場所に避難すれば、食料や毛布など確保できます。
E. 救援物資(損失局面) 豪雨で避難勧告が発令された際に避難場所に避難しないと、食料や毛布などが確保できない可能性があります。
F. コントロール 毎年、6月始め頃の梅雨入りから秋にかけて、梅雨前線や台風などの影響により、多くの雨が降ります。広島県でもこれまでに、山や急な斜面が崩れる土砂崩れなどの災害が発生しています。大雨がもたらす被害について知り、危険が迫った時には、正しく判断して行動できる力をつけ、災害から命を守りましょう。
図1:メッセージによる避難意図の違い
図1:メッセージによる避難意図の違い