ノンテクニカルサマリー

イノベーティブな企業の創出におけるビジネスグループの役割:部分所有子会社(PO)からのエビデンス

執筆者 金 榮愨 (専修大学)/長岡 貞男 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト ハイテクスタートアップの創造と成長
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「ハイテクスタートアップの創造と成長」プロジェクト

米国のIT分野やバイオ分野のイノベーションが示すように、新規設立企業は新しい技術を産業に持ち込み、経済のイノベーションを進めていくために非常に重要である(Acemoglu et al., 2007; Aghion and Tirole, 1997; Gompers, Lerner and Scharfstein, 2005; Kaplan and Schoar, 2005)。既存の研究は、新規設立企業として、既存の企業と関係を持たない全くの新規スタートアップ企業に主としてフォーカスしてきたが、既存企業が新規に子会社を設立することは希ではない。その中でも完全子会社ではなく、少数株主が存在する子会社(以下では部分所有子会社、PO)は、既存企業のガバナンスで直接拘束されず、同時に既存企業の技術資産、人材、市場、資本を活用することができる。すなわち、部分所有子会社は、垂直統合された企業や完全子会社とは異なった経営の自立性と、グループ企業の内部資本あるいは商品市場へのアクセスを結合できる利益を実現できるかもしれない。その結果、ビジネスグループは、部分所有子会社のガバナンスを提供することを通して、既存の垂直統合企業や独立したスタートアップが実現できないイノベーションのメカニズムを提供している可能性がある。

しかし、こうした観点からの研究は少ない。1つの原因は米国や英国では部分所有子会社は非常に希な存在であるからである。特許保有において、米国では部分所有企業のシェアは0.2%と推計されており、単独独立企業(以下ID)の19%と比較して圧倒的に少ない(Belenzon, Berkovitz and Bolton, 2010)。欧州ではこの比率がそれぞれ9.1%、9.7%である。また、部分所有会社は、管理権と残余請求権の不一致をもたらし、大株主が、ピラミッド・スキームによって少数株主の権利を犠牲にして企業を運営する不効率なガバナンスをもたらすという見方もある(Almeida and Wolfenzon, 2006; La Porta, Lopez-de-Silanes and Shleifer, 1999; La Porta, Lopez de Silanes, Shleifer and Vishny, 1999)。

しかしながら、部分所有のガバナンスも、少数株主の権利が保護される限り、VCと同様に、新規企業による研究開発投資を促すことができると予想される。

本研究は日本の部分所有子会社に注目しながら、ビジネスグループがこのような企業設立と育成を通してどの程度イノベーションを促進しているかを、親会社と部分所有会社をそれぞれ識別して実証的に検証している。分析には、「経済産業省企業活動基本調査」を用いている。「経済産業省企業活動基本調査」は調査対象産業の資本金三千万円以上、従業員50人以上のすべての企業を対象にしている。パネルデータによる分析のために分析対象は「製造業」、「情報サービス業」、「小売業」に制限する。

主要な知見は以下の通りである。第一に、ビジネスグループが創設あるいは運営に関与している部分所有子会社(PO)はイノベーションにおいて重要である。独立企業と部分所有子会社を合わせた新規設立企業全体において一定の閾値を超えた企業の19%がPO企業であるが、R&Dでは47%、特許保有件数では90%を占めている(表1)。

表1:ガバナンス構造別、設立形態別の企業数と平均規模
表1:ガバナンス構造別、設立形態別の企業数と平均規模

第二に、POガバナンスは新規企業育成の重要な手段を提供している。観測期間中に新規設立されたPO企業の中で、約23%は独立企業からの転換が起源であり、またPO企業の中で約8%の企業が独立企業となる。独立企業が部分所有子会社となった後に、R&D支出と特許保有件数は平均的に有意に減少するが、これは親会社の研究開発等の重複排除効果からである。同時に、移行時の自己資本の拡大の程度に応じて、子会社となった企業の研究開発は拡大し、利益率も改善する。また、親会社と同じ産業分野の独立企業が買収され、異産業に子会社として参入する場合、R&D支出と自己資本は大きく増加している。こうした点は内部資本市場がエクイティー資本不足を緩和できる効果を示唆している(図1)。

図1:独立企業の部分所有子会社化とパフォーマンス
図1:独立企業の部分所有子会社化とパフォーマンス

他方、部分所有子会社が独立する場合、研究開発投資と利益率は減少するが、それは親会社と同じ産業の部分所有子会社の独立の場合に特に顕著である。しかし、独立前の親会社出資比率が低いPO企業では研究開発投資の減少は小さく、特許保有件数を増加させるので、インセンティブ強化に反応する能力の重要性を示唆している。

第三に、分析期間中に設立された子会社とそれを設立した親会社の情報を接続して、どのような企業がイノベーティブで独立性のある部分所有子会社を活発に創出しているかを分析した。基本的には技術資産(R&D支出や特許保有件数)の水準が高く、成長性(トービンのQ)が高く、多角化している親企業ほど、研究開発集約的な部分所有子会社を多く創出する。この結果は親企業の固定効果をコントロールしても、すなわち、研究開発の増加や多角化の進展の効果に着目しても概ね成立する。

他方で、OLSやProbit推計で負に推計された親会社の企業年齢の係数は負であるが、固定効果モデルで技術領域をコントロールすると、推計された企業年齢の係数は正で有意であり、各技術領域でより経験を積むことが親企業による部分所有子会社の創出を拡大する。まとめると、企業年齢、事業の多角化、研究開発や特許など、いずれも親企業への技術資産や経験の蓄積がイノベーティブな部分所有子会社を生み出すことになることを示唆する。

POガバナンスはビジネスグループのシナジーを生かしながら分権的に研究開発を行う重要な手段であり、それを活用していくことが重要であり、その利用を抑制する政策上のバイアスは望ましくないと考えられる。

参考文献
  • Acemoglu, D., P. Aghion, C. Lelarge, J. Van Reenen and F. Zilibotti, 2007, Technology, information and the decentralization of the firm, Quarterly Journal of Economics, 122(4), 1759-1800.
  • Aghion, P. and J. Tirole, 1997, Formal and real authority in organizations, Journal of Political Economy, 105, 1-29.
  • Almeida, H. and D. Wolfenzon, 2006, A theory of pyramidal ownership and family business groups, Journal of Finance, 61, 2637-2680.
  • Belenzon, S. and T. Berkovitz, 2010, Innovation in business groups, Management Science, 56, 519-535.
  • Gompers P. J. Lerner and D. Scharfstein, 2005, "Entrepreneurial spawning: Public corporations and the genesis of new ventures, 1986 to 1999," Journal of Finance, Volume60, Issue2 April 2005, Pages 577-614.
  • Kaplan, S. N. and A. Schoar, 2005, Private equity performance: Returns, persistence and capital, Journal of Finance, 60, 1791-1823.
  • La Porta, R., F. Lopez-de-Silanes and A. Shleifer, 1999, Corporate ownership around the world, Journal of Finance, 54(2), 471-517.
  • La Porta, R., F. Lopez de Silanes, A. Shleifer and R. W. Vishny, 1999, Law and finance, Journal of Political Economy, 106(6), 1113-1155.