ノンテクニカルサマリー

東アジア経済統合深化に関する新たな評価手法:産業別一般化購買力平価モデルの応用

執筆者 川﨑 健太郎 (東洋大学)/佐藤 清隆 (横浜国立大学)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

産業内貿易の活発化や国境を越えた生産ネットワークの構築は、とりわけ東アジアにおける経済成長と地域経済統合の進展を促してきたことに、もはや疑いの余地は無い。しかし、サプライチェーンや生産ネットワークの緊密さと範囲は、産業によって異なることが予想される。各国の主要産業が、東アジア全体の経済成長にどう貢献するかは、域内経済統合の進展にも大きな影響を及ぼすことが予想される。すなわち、現在の産業毎の生産ネットワークの緊密さと範囲の相違を検証することで、東アジア経済のさらなる成長の可能性や、将来の経済統合の深化の程度を予測することが可能となる。

国境を越えた財・サービスの貿易において、2国間で同一財の取引を想定できる場合には、裁定取引によって、「一物一価の法則」が成り立つようになり、2国間(bilateral)の名目為替相場には購買力平価が成り立つと考えることができる。現代のようなサプライチェーンや生産ネットワークの広がりを想定し、一つの製品が3カ国以上に跨がって生産が行われる場合であれば、直接投資や産業内貿易による技術のスピルオーバーや要素移動性を通じ、サプライチェーンや生産ネットワークに含まれる国々の生産者物価は連動性を帯びるようになり、それらを用いた実質為替相場には、多国間の相対的購買力平価である一般化購買力平価(G-PPP: Generalized Purchasing Power Parity)が成り立つと考えることができる。

本研究においては産業別の生産者物価指数(一般機械、電気機器産業、輸送機械産業、そして比較を目的として食品産業)を用いた実質実効為替相場を計算して一般化購買力平価モデルに適用し、東アジア9カ国について、産業別に貿易を通じた連関が強い国々の組合せにおいて実質為替相場の連動性(=実質為替相場の線形結合に共和分関係)が存在するかどうか検証した。

表1:各国がネットワーク(共和分関係)に含まれる頻度※
中国 日本 韓国 台湾 インドネシア マレーシア フィリピン シンガポール タイ
食品(24) 24 21 22 11 20 14 14 21 10
一般機械(16) 11 7 7 9 7 13 10 14 9
事務機器(4) 4 0 4 3 3 4 2 2 3
電気機器(3) 0 3 3 2 3 3 2 0 0
通信(11) 11 4 1 8 11 4 5 4 10
輸送機械(23) 18 15 12 18 15 20 13 14 15
※カッコ内の数字はネットワークに含まれる東アジア各国の組合せとして、非線形共和分分析を行った256通り (=C(9, 5), C(9, 6), C(9, 7), C(9, 8), C(9, 9)の組合せ合計)について、一般化購買力平価の成立を示す共和分関係が見つかった線形結合の数を示している。また各国の数値は、各国通貨の対ドル実質為替相場がその共和分関係に含まれる頻度を集計している。一般機械と輸送機械はISIC rev.3コードの13桁コードに基づいた生産者物価指数を、電器機器産業については16桁コードを用いて検証を行った。

表1は産業毎に東アジア地域に広がっていると想定されるネットワーク(共和分関係)に、各国が含まれる頻度を示したものである。食品産業においては、東アジア全9カ国が含まれる線形結合を含めた24通りの組合せに共和分関係が発見されたほか、日・中・韓とシンガポールやインドネシアがネットワークに含まれる頻度が高いことが示された。食品産業において最も多くの共和分関係が発見された背景には,輸出品の多くがコモディティ化した同質財(homogeneous goods)であると考えることができるため、理論的に2国間で一物一価が成立しやすいばかりでなく、産業別物価指数を用いた場合であっても、実質為替相場に一般化購買力平価が成立しやすいと言うことができる。それに対し、一般機械産業では15通りの組合せに共和分関係が存在し、電気機器産を16桁分類にまで細分化した場合,共和分関係が存在したのは事務機器(4通り)、電気機器(3通り)、通信機器(11通り)であった。13桁では同じ産業に分類されていても、それぞれの産業の深化の度合いは大きく異なり、連関には偏りが見られることから、産業内の生産の特性には、大きなばらつきがあると考えられる。例えば、通信機器産業については、一般化購買力平価によって示される東アジア域内に広がると想定されるネットワークは、中国、台湾、タイやインドネシアといった国々の結びつきが強いものの、連関には偏りがあることが示された(図1)。一方、輸送機械産業については、最大8カ国で構成される組合せを含め、23通りの組合せに共和分関係が発見された。食品産業とは異なり、コモディティ化されうるような同質財の貿易取引を想定しにくい輸送機械産業については、サプライチェーンや生産ネットワークが東アジア地域全体に、偏り無く一様に広がっていることが伺える(図2)。

図1:通信機器産業における各国関連/図2:輸送機械産業における各国関連

東アジアの経済統合が進んでいるとはいえ、上記2つの産業を比較した場合であっても、その結びつきの強さは産業毎に大きく異なることが示された。これは東アジアの経済統合の深化の検証を行う際には、マクロレベルデータを用いた研究では深化の程度を十分に測定しきれないことを意味しており、産業別データにまで細分化して分析する必要があることが示唆している。

またこのことは、自国の生産性の向上が、他国の生産性の向上へと伝播せず、地域全体の生産性の向上には寄与しない場合があることを意味している。つまり、経済発展(生産性の向上)と経済統合を両立させ、効率的な地域経済の成長を促すには、輸送機械産業のような裾野が広く、連関が多国間にまたがる産業を、各国政府が選択して積極的に育成する施策が重要であると言える。

本研究ではさらに、共和分関係が発見されたすべての線形結合に対し、グレンジャーの因果性検証を行い、各産業のサプライチェーンや生産ネットワークが、東アジア域外からの影響を受けているのか、それとも域外への影響を与えているのかについて補足的な検証を行った。その結果、食品産業や一般機械産業においては、アジア域外から域内への因果性がみられ、世界経済の動向の影響を強く受けていることが伺える。一方で電気機器産業や輸送機械産業は、域外からの影響も、域内から域外への影響のいずれも、因果性が見られないことが示された。

東アジア域外からの影響が大きい産業と域外からの影響を受けにくい産業が存在する理由としては、産業内貿易において利用される取引通貨が、アジア域外の通貨である場合には、アジア通貨の域外通貨(主にドル)に対する名目為替の変動等が考えられる。域外からの影響を小さくするためには、域内取引に域内通貨を積極的に利用することが重要である。すなわち、各国経済のさらなる経済発展には、域内経済の統合深化と併せ、通貨や金融面における統合も不可欠であると言えよう。