ノンテクニカルサマリー

新型コロナウイルス感染症の危機による韓国経済への影響の様子:株式市場からのエビデンス

執筆者 Willem THORBECKE (上席研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

新型コロナ感染症の大流行が世界経済を襲って以来、韓国では資金の国外流出という問題に直面している。図1に示す通り、2020年2月17日から3月19日の間に、ウォンは8%、韓国株式市場は42%下落した。ウォンと株価はともに、3月19日以降大きく上昇した。この日、韓国銀行(BOK)と米国連邦準備制度の間で、600億米ドルのスワップ協定が合意された。同協定により、韓国経済におけるドル資金の供給が投資家に対して約束された。

韓国は、厳格なロックダウンを実施することなく感染拡大のスピードを下げることに成功した。政府は大規模な検査を実施し、人工知能と先進技術を用いて感染者との接触者を追跡した。接触者は隔離され、それらの者に対して検査が実施された。民間の開発者も、政府のデータを利用して100メートル以内にいる感染者を、その者の国籍、年齢、性別とともにユーザーに通知する「Corona 100m」というアプリを開発した。同アプリは最初の数週間で百万回以上ダウンロードされた。

政府はまた、4つの補正予算を実施した。これらの措置を通して、事業者や家庭に向けた支援、感染拡大防止のための資金、自治体への資金提供などが行われた。韓国銀行は政策金利を1.25%から0.5%に引き下げ、公開市場操作と貸付支援を利用して銀行やノンバンク金融機関、中小企業向けに資金提供を行った。

本稿では、パンデミック期に韓国経済の各業種がどのような影響を受けたかについて分析する。59部門における韓国の株式価格を、2020年2月17日から同年12月4日までの期間について追跡することによりこの分析を行う。Black(1987、113頁)は、「業種ごとの株式動向は、生産、収益あるいは投資の業種別変化を予想する上で有効である。ある業種の株価が上昇すると、多くの場合、その業種における売上、収益、工場・設備への支出にも増加が見られる。」と述べている。したがって、株価は、各業種の見通しに関する多数の投資家の予想が集約されたものであるといえる。本稿ではさらに、株式のリターンをマクロ経済要因で説明できる部分と、業種固有の影響を受けている部分とに分類する。これにより、各業種が受けている影響が韓国および世界のマクロ経済環境における変化に起因するものなのか、パンデミック期における各業種に固有の特徴に起因するものなのかを解明できる。

2020年2月17日から12月4日までの期間でのリターンが最も悪かった業種は、食品小売・卸売、電気、カジノ・ギャンブル、旅行・レジャー、化粧品、および海運であった。2月17日に投資された1ウォンの12月4日時点での価値は、食品小売・卸売で0.748ウォン、電気で0.811ウォン、カジノ・ギャンブルで0.817ウォン、旅行・レジャーで0.830ウォン、化粧品で0.871ウォン、海運で0.875ウォンであった。これらの差損はすべて、パンデミック期における各業種固有の反応に起因するもので、マクロ経済環境の変化に由来するものではなかった。卸売・小売業は、主にコンビニエンスストアによって構成されている。これらの店舗ではパンデミック期に来店客数が急減した。カジノ・ギャンブルおよび旅行・レジャーを含む観光業全体も打撃を受けた。家から外出する人が減ったため、口紅などの化粧品の需要が下がった。また、国際貿易の減少に伴い、海運業(造船)も打撃を受けた。

リターンが最も良かった業種は、産業機械、化学、医療、バイオテクノロジー、消費者デジタルサービス、製薬、自動車、ソフトウェア・コンピューターサービス、レジャー用品、電子エンターテインメント、家電、電子部品、および家庭用品であった。2月17日に投資された1ウォンの12月4日時点での価値は、産業機械で2.11ウォン、化学で1.71ウォン、医療で1.68ウォン、バイオテクノロジーで1.67ウォン、消費者デジタルサービスで1.66ウォン、製薬で1.42ウォン、自動車およびソフトウェア・コンピューターサービスで1.37ウォン、レジャー用品で1.29ウォン、電子エンターテインメントおよび家電で1.26ウォン、電子部品で1.25ウォン、家庭用品で1.21ウォンであった。これらの差益は、マクロ経済要因および業種に固有の要因の両方に起因するものであった。韓国と世界のマクロ経済展望が上向いたことで、産業機械、自動車、家電、電子部品といった韓国の工業製品の見通しも改善した。LG Chemを始めとする化学会社は、リチウムイオン電池需要の恩恵を受けた。医療、バイオテクノロジー、製薬も、パンデミック期に増加した需要の恩恵を受けた。最後に、消費者デジタルサービス、ソフトウェア・コンピューターサービス、レジャー用品、電子エンターテインメント、および家庭用品といった業種は、消費者の巣ごもりによる需要の増加の恩恵を受けた。

これらの結果が示唆する重要な点として、パンデミック期にあって、コンビニエンスストアや観光といった、低賃金のサービス従事者を雇用する多数の業種が打撃を受けたことが挙げられる。一方、高技能労働者を雇用する企業や、電子製品、自動車、産業機械、ソフトウェア・コンピューターゲームを製造する企業の見通しは明るいものとなっている。このように、今回の危機の前から存在していた良くない傾向がパンデミックによって助長される形となった。例えば、製造部門は、サービス部門と比較して上手くやっていると言える。政府は、影響を受けたサービス部門の労働者に給付金を支給するとともに、今回の危機を契機として製品市場における規制緩和など、製造業労働者とサービス業労働者の間およびコングロマリットと中小企業の間にある長期に亘る構造的格差の縮小につながる可能性のある改革を推し進めることを検討すべきである。

図1 新型コロナウイルス感染症流行期における韓国ウォン/米ドル為替レートおよび韓国総合株価指数
図1 新型コロナウイルス感染症流行期における韓国ウォン/米ドル為替レートおよび韓国総合株価指数
Source: Datastream database.
参考文献
  • Black, F. (1987). Business Cycles and Equilibrium, Basil Blackwell, New York.