ノンテクニカルサマリー

製品の複雑性、輸出、為替レート:日本の化学産業におけるエビデンス

執筆者 Willem THORBECKE (上席研究員)/Nimesh SALIKE (Xi'an Jiaotong-Liverpool University, Suzhou)/CHEN Chen (Xi'an Jiaotong-Liverpool University, Suzhou)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

図1が示すとおり、円の変動は大きい。為替レートの変動は卸価格、企業の収益性、貿易の動向などにも影響を及し、その影響を受けた輸出入の変動が景気変動を増幅させる。本稿では日本の化学産業を取り上げ、特定の種類の財は為替変動リスクが低いかどうかについて分析する。日本の化学産業は年間出荷高が4000億米ドルを超え、国内製造業では第2位を占める(注1)。化学企業は自動車用のスーパーエンプラやエラストマー、電子部品用のフッ素化ポリイミド、フォトレジスト、エッチングガス、ガラス用のソーダ灰をはじめ、その他の川下産業にも必需原材料を供給している。

分析では最初に日本の化学企業51社に関して為替変動リスクを推定した。その結果、自動車や電子部品産業関連の日本の化学企業は、円高の悪影響を最も受けることが明らかとなった。Ito, Koibuchi, Sato, and Shimizu (2018)の報告によれば、米国などの自動車市場は競争が激しいため、日本の自動車メーカーは輸入国通貨建てのインボイスを求められる。Katz (2012)は集積回路や類似の製品はコモディティ化が進み、日本のメーカーはこのセクターでは価格面での競争を強いられていると指摘している。分析結果とこれらを合わせて考慮すると、自動車・電子部品セクターは円高リスクにさらされていると言える。一方、製薬・バイオテクノロジーセクター関連の日本の化学企業は、円高の悪影響を受けにくいことも分析から明らかになった。Sauré (2015)は処方薬は必要不可欠なものであり、また健康保険が適用されるため、多くの場合価格弾力性が低いと述べている。この指摘と分析結果を合わせて考えると、製薬・バイオテクノロジーセクターは円高リスクが低いと考えられる。

次に、日本の化学産業における製品の高度化レベルと貿易弾力性の関係を検討した。これには、日本が輸出する化学製品93種類のカテゴリーに関するデータを使用した。高度化レベルの測定はArbatli and Hong (2016)に準じて、Hidalgo and Hausmann (2009)の製品複雑性指標(PCI)を用いた。その結果、製品の複雑性が高いほど価格弾力性は低いという強い関係性が認められた。

本稿で報告されている研究結果は、企業や政策立案者にとって示唆するところが大きい。まず川上企業は、供給先の川下産業の多様化を図るべきである。例えば電子部品産業など1つの産業に重点を置くと、2007年から2012年にかけての円高で経験したような為替レートの上昇により、川下企業とその川上の供給側に大打撃が及ぶ可能性が生じる。企業はまた、技術革新を通じて差別化された製品を生産できるよう、とりわけ好況期に研究開発(R&D)への投資を進めるべきである。政府は、企業の税負担軽減を図りR&Dを促進すべきである。さらに政府は、将来の技術者および科学者の育成において専門的な技術研修のみならず、文学、歴史、哲学を含む幅広い教育を提供することにより創造力の醸成に努めるべきである (Sawa, 2013)。最後に、企業および政府は最先端のアイデアを生み出し、新たな発見を促進するため、異文化間の協働を推進するべきである (Berliant and Fujita, 2012)。

図1:円/米ドル名目為替レート
図1:円/米ドル名目為替レート
出典:Datastreamのデータベース
脚注
  1. ^ These data come from the Japanese Chemical Industry Association website. The URL is https://www.nikkakyo.org/
参考文献
  • Arbatli, E., & Hong, G. H. (2016). Singapore's export elasticities: A disaggregated look into the role of global value chains and economic complexity. (Working Paper No. 16-52). Washington, DC: International Monetary Fund.
  • Berliant, M., Fujita, M. (2012). Culture and diversity in knowledge creation. Regional Science and Urban Economics, 42, 648-662.
  • Hidalgo, C. A., & Hausmann, R. (2009). The building blocks of economic complexity. Proceedings of the National Academy of Sciences, 106, 10570-10575.
  • Ito, T., Koibuchi, S., Sato, K., Shimizu, J. (2018). Managing currency risk. Cheltenham, UK: Edward Elgar Publishing.
  • Katz, R. (2012). Elpida: tip of the iceberg. The Oriental Economist 80, 1-3.
  • Sauré, P. (2015) The resilient trade surplus, the pharmaceutical sector, and exchange rate assessments in Switzerland. Peterson Institute for International Economics Working Paper No. 15-11, Washington DC.
  • Sawa, T. (2013). Lack of liberal arts education is sapping Japan's creativity. The Japan Times, 16 September.