ノンテクニカルサマリー

製品の複雑性と為替レート弾力性の関係について:中国の製造業におけるエビデンス

執筆者 Willem THORBECKE (上席研究員)/CHEN Chen (Xi'an Jiaotong-Liverpool University. Suzhou)/Nimesh SALIKE (Xi'an Jiaotong-Liverpool University. Suzhou)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

中国は、関税、貿易戦争、為替レート変動などの課題に直面している。こうしたショックに直面するなか、中国企業はいかにすれば輸出を維持できるのだろうか。Abiad et al. (2018)とアジア開発銀行(2018)は、需要弾力性が低い製品は貿易障壁の影響が少ないと指摘している。また、複雑性の高い財(Hausmann and Hidalgo (2009)の意味において)は生産が難しい点も指摘している。したがって、購入者がその代替財を探すのには時間と労力がかかる。代替財を見つけるのが難しいということは、ミクロ経済理論からいえば複雑性の高い財の価格弾力性は低いはずということになる。他方、コモディティのように複雑性の低い財は代替性が高い。したがって、理論的にそうした財の価格弾力性は高いことが示唆される。

Hidalgo and Hausmann (2009)は、反映法(method of reflections)を用いて、経済と製品の複雑性を測定した。経済の複雑性は、その多様性によって測定した。彼らによれば、ある国の経済の多様性(diversification)とは、輸出する顕示比較優位(RCA)指数が1を超える製品の数と定義される。また、製品の複雑性は、普遍性(ubiquity)によって計測される。普遍性は、RCA指数が1を超える製品を輸出している国の数と定義される。直観的には、RCA指数が1を超える製品を数多く輸出する国の経済は多様性が高く、RCA指数が1を超える製品で、それを輸出する国の数が少ない製品は普遍性が低いといえる。多様性の高さは、その国がより高い経済能力を有していることを、普遍性の低さは、その製品の生産により高い能力が必要とされることを意味する。化学産業を例にとると、アンモニアは多くの国で生産されている。したがってアンモニアは普遍性が高い製品と分類される。一方、日本は、世界のフッ素化ポリイミドの90%を、エッチングガスの70%を生産している(Obayashi, 2019)。これらの製品は複雑性の高い製品と分類される。

本研究では、1995年から2018年の期間に中国が190カ国に輸出した960の工業製品の弾力性を推定し、製品の為替レート弾力性と、Hausmann and Hidalgo (2009)の方法を用いて計算したそれら製品の複雑性指標(PCI)との間に関係があるかどうかを分析した。そのためPCI値を用いて960種類の製品の高度化レベルを次の5つのカテゴリーに分類した:製品複雑性が高い、やや高い、中程度、やや低い、低い。

われわれが最善と考える定式化によれば、高度化レベルが最も高い輸出品では、10%の人民元高が輸出の5.5%減少をもたらすことが明らかとなった。また、高度化レベルが最も低い輸出品では、10%の人民元高により輸出が9.1%減少することも判明した。こうした推計結果から、潤滑剤、ジルコニウム、チタンなどの高度化レベルの高い輸出品は、天然ゴム、硫黄、加工魚類などの高度化レベルの低い輸出品に比べて為替レートの影響は少ないことが示唆される。

弾力性が複雑性(高度化レベル)の程度によってどのように変わるかを理解するため、高度化レベルと為替レート弾力性の関係をプロットしたのが図1である。この図が示すとおり、為替レートに対する感応度が最も低いのは、高度化レベルが最も高いカテゴリーの製品である。高度化レベルがやや高い製品と中程度の製品の間では、感応度に統計的有意差は認められない。感応度が最も高いのは高度化レベルが低い製品で、次いで高度化レベルがやや低い製品である。図1の為替レート弾力性を見ると、人民元の上昇による輸出の減少は、高度化レベルが高い製品に比べ、高度化レベルが低いほど顕著である。他のいくかの定式化を用いた場合でも同様の観測結果が得られることを本稿では報告している。

こうした分析結果が示唆する重要な点は、中国の高度化レベルの高い輸出品は為替レートによる影響が少ないことである。これは、中国が技術水準を向上させることにより、その輸出量の安定を維持できることを示している。

図1:中国の輸出品における製品の複雑性と為替レート弾力性の関係
(時間および輸入業者・製品の固定効果を含む望ましい定式化による)
図1:中国の輸出品における製品の複雑性と為替レート弾力性の関係(時間および輸入業者・製品の固定効果を含む望ましい定式化による)
注:ヨコ軸は、中国輸出品の複雑性のレベル、タテ軸は為替レートに対する弾力性を示したものである。Harmonized System(HS)4桁レベルで細分類された960種類の中国輸出品を、Hausmann and Hidalgo (2009)の製品複雑性指標に従いそれら製品の平均ランキングに基づき5つの高度化レベルに分類した。個々の回帰は、1995年から2018年の期間に190カ国に輸出されたHS4桁レベルで細分類された中国輸出品の各高度化レベルに関するものである。回帰は時間および輸入業者・製品の固定効果を含む。
参照文献
  • Abiad, A., Baris, K., Bertulfo, D., Camingue-Romance, S., Feliciano, P., Mariasingham, J., Mercer-Blackman, V., & Bernabe, J. (2018). The impact of trade conflict on developing Asia. (Working Paper No. 566). Manila: Asian Development Bank.
  • Asian Development Bank. (2018). Asian Development Outlook Update. Manila: Asian Development Bank.
  • Hidalgo, C. A., & Hausmann, R. (2009). The building blocks of economic complexity. Proceedings of the National Academy of Sciences, 106, 10570-10575.
  • Obayashi, Y. (2019). Japan to tighten export rules for high-tech materials to South Korea. Reuters, 30 June.