ノンテクニカルサマリー

コロナ危機で最も影響を受けるのは誰なのか? 労働市場の異質性と厚生分析

執筆者 菊池 信之介 (マサチューセッツ工科大学)/北尾 早霧 (ファカルティフェロー)/御子柴 みなも (東京大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

新型コロナウイルス(COVID-19) 危機が日本の労働市場に与える脅威は、全ての労働者たちに平等に襲いかかるわけではなく、彼らのさまざまな属性(年齢・性別・雇用形態・教育水準・職業・産業)によって異なる。本研究では、まず、複数のデータを用いてCOVID-19危機発生後の最初の数カ月間における雇用と収入の異質な変化を、複数のデータをもとに実証的に考察した。

図1は総務省の労働力調査に基づき、2020年1月以降どのグループの雇用が減少したかを示している。図1 (a) は、正規雇用(Regular) と非正規雇用 (Contingent)を比較しているが、感染が本格化し緊急事態宣言が発令された2020年4月以降の雇用の落ち込みは、非正規雇用においてより顕著であることが見て取れる。図1 (b) は、産業が対人的(Social) かそうでない(Ordinary)か、職業がリモートワークに対して柔軟に対応できるもの(Flexible)かそうでない(Non-Flexible)かによって仕事を分類し、それぞれのグループにおける雇用の変化を比較している。対人的あるいはリモートワークに対して柔軟でない仕事の雇用の落ち込みが特に顕著であることが分かる。

図1:Changes in Employment (Jan. 2020 = 100)
図1:Changes in Employment (Jan. 2020 = 100)
出所)労働力調査(総務省)

さらに、データで確認されたCOVID-19危機後の労働市場の変化による厚生効果を定量化するために、異質な個人を組み込んだ世代重複型モデルを構築した。上記の正規・非正規の雇用形態・職業・産業の違いに加えて、年齢・性別・教育水準の断面も追加し、それぞれの断面での異質性を考慮したうえで数量分析を行った。

厚生分析の結果、異質性の各断面において、危機前に所得が低かったグループへより甚大な被害が観察され、格差が増幅されることが分かった。具体的には、非正規雇用者は正規雇用者よりも、若年労働者は高齢労働者よりも、女性は男性よりも、対人的あるいはリモートワークに対して柔軟でない仕事に従事する労働者は、非対人的でリモートワークに対して柔軟な仕事に従事する労働者よりも、より大きな打撃を受けていることが分かった。また最も甚大な影響を受けるグループは、対人的かつリモートワークに対して柔軟でない仕事に従事する、大卒未満の女性の非正規労働者のうち、単身あるいは配偶者もまた同様に甚大な被害を受けるグループに該当する人たちである。

本研究は、COVID-19危機発生後の最初の数カ月の労働市場における短期的な影響を評価することを目的としているが、今後も変化する労働市場のデータを注視し続けることが必要である。COVID-19危機を引き金として生じうる労働市場の構造変化や、中・長期的な経済への影響の分析は今後の課題とする。