ノンテクニカルサマリー

世界各国における上場企業の優位性

執筆者 植田 健一 (東京大学 / TCER / CEPR)/ソムナス・シャルマ (東京大学 / インド準備銀行)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

背景

資金調達の際の困難は、中小企業の方が高いとされるが、それは上場と非上場の違いなのか、それとも他の要因が大きいだろうか。非上場企業の不利な面としては、例えば、エクイティファイナンスができないことによる過重債務の解消の難しさや、情報が分かりにくいことによるモラルハザードの深刻さが考えられる。一方、上場企業の不利な面としては、例えば、多数の株主による適正なコーポレートガバナンスの困難さなどが挙げられる。さらに、上場と言っても、例えば創業者が株のほとんどを流通させないため、株式市場で取引される浮動株が少ないような場合、上場の効果が薄れるとも考えられる。これら株式上場をめぐるさまざまなありうる要因を考慮しつつ、上場ということに限って言えば、どのような効果が結局あるのだろうか。

昨年度、日本の企業レベルのデータを用い、上場/非上場以外の属性がほぼ同じ企業間における利益率や資金調達の差を推定し、学術雑誌(査読付き)にて発表した(Ueda, Ishii, and Goto, 2019, "Listing and Financial Constraints," Japan and the World Economy、元々はRIETI DP 17E090 )。その論文では、上場企業は資金調達が容易であり、(資本の限界効率性逓減と斉合的に)総資産利益率が低いことが確認できた。しかし、これは日本だけの現象なのだろうか。

分析結果

本論文では、世界の企業レベルのデータを用い、総資産利益率や資本装備率における上場/非上場の差がどのような制度要因で決まるのかを、明らかにした。具体的には、33カ国の過去10年間(2008-2017年)の世界の企業のデータを用いて、企業規模、操業年数、産業などの属性が同じ上場と非上場企業を比較した。前年度の日本に関する結果と同様、上場によってほぼどの国においても、利益率が低く、(資本の限界効率性逓減と斉合的に)資本装備率が高いことがわかった(図を参照)。

理論的には、金融資本市場がよく発達していることを仮定すれば、市場均衡では利益率は借入金利そのもの、もしくは借入金利に信用割当による潜在的な価格を足したもの、である。したがって、利益率が低いということは、資金調達が容易である結果を示すものである。これは、上場企業の経営陣の方が、市場による規律を受け、(モラルハザードが少なくなるなど)信頼されているとも考えられる。

もちろん、分散された株式所有によってエージェンシーコスト(経営者のモラルハザードなど)がむしろ上場企業にあると考えられる場合や、非上場企業の方がパテントなどで保護された高度な技術を持つ傾向が強い場合は、上場企業の利益率の低さは、必ずしも資金調達における優位性を意味しない。しかし、その場合、投資の結果である資本装備率は、上場/非上場で変わらないはずであるが、実際には、上場企業の方が高いことが多くの国で確認できた。すなわち、上場企業の利益率の低さは借入金利の低さや信用割当の問題の少なさを示しており、資金調達に有利であるということになる。

さらに、この上場企業の優位性には各国差があることが判明した。この差の原因を探求するため、パネル計量分析を行った。その結果、債権者の権利が強い国(日本、ドイツなど)では、上場のメリットの程度が比較的少ないことが分かった。つまり、上場/非上場の差は、日本以上に世界各国の方が一般に大きい。逆に言えば、日本などでは他国に比べると銀行中心の間接金融がいまだに健在であると考えられ、そのため上場しないことのデメリットを柔らげていると考えられる。もっとも、日本については、推定された差は小さいものの、金利水準の低さを考えれば、見過ごせない差であろう。

一方、コーポレートガバナンスなど、その他の要因はあまり影響がなかった。これらの分析結果は、総資産利益率だけでなく、資本装備率で調べても同様である。これらの結果は、上場企業だけで見るとコーポレートガバナンスが資金調達の容易さの国ごとの違いであることを確認した筆者の既存の研究(Claessens, Ueda, and Yafeh, 2014, "Institutions and financial frictions: Estimating with structural restrictions on firm value and investment", Journal of Development Economics)と対比をなす結果である。すなわち、国レベルの金融資本市場制度と資金調達の容易さの関係において、まず上場と非上場に関しては債権者の権利が影響し、上場企業間ではコーポレートガバナンスが影響するという、2段階の構造があることが判明した。

図:上場/非上場以外の様々な要因の影響を排除した上での製造業における総資産利益率の上場企業と非上場企業の差(%)
図:上場/非上場以外の様々な要因の影響を排除した上での製造業における総資産利益率の上場企業と非上場企業の差(%)
(注)日本にフォーカスしたUeda, Ishide, and Goto (2019) では、詳細なデータベースを用い多くの要因(メインバンクの違いなど)を排除した上で、差を推定した。本研究では、世界レベルのデータのため逆に各国の詳細な情報は取れないため、日本の推定は(-0.4%から-0.1%に)小さくなっている。