ノンテクニカルサマリー

多国籍企業の海外直接投資への参入と退出

執筆者 Ivan DESEATNICOV (NRU Higher School of Economics)/藤井 大輔 (リサーチアソシエイト)/Konstantin KUCHERYAVYY (東京大学)/齊藤 有希子 (上席研究員(特任))
研究プロジェクト 組織間のネットワークダイナミクスと企業のライフサイクル
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「組織間のネットワークダイナミクスと企業のライフサイクル」プロジェクト

多国籍企業による海外直接投資(FDI)は、貿易と並ぶグローバリゼーションの柱であり、海外販売額の観点から近年そのプレゼンスが高まっている。しかし輸出や輸入のダイナミクスに比べ、企業レベルのFDIダイナミクスの研究は、まだ数が少ない。本研究では1995年から2015年の海外事業活動基本調査、および企業活動基本調査のデータを用いて日本の多国籍企業のFDI参入と退出の決定要因を、国ごとの「FDI垂直度」という概念に重点を置いて分析した。

まず現地法人の数に関しては、20年のサンプル期間でアジアでの増加が顕著であったのに対し、北米やヨーロッパでは緩やかな減少傾向であった。アジアでの増加の要因は2000年以降の参入率の上昇であり、退出率はほとんど変化がなかった。中国経済の台頭やWTO加盟、およびアジア諸国との経済連携協定発効等が主な要因として考えられる。また国ごとに参入率(現地法人数の中で新規に設立された法人の割合)および退出率(撤退した現地法人の割合)を計算し、日本からの距離との関係を分析した結果、参入率に関してはほとんど相関が見られなかったのに対し、退出率では明確な正の相関が観測された。このことは近い距離の国ほど得られる情報も多く、参入後の不確実性が低減されている可能性を示唆している。

1995年以降に設立された現地法人を対象として、コーホートごとに設立以来の経過年数(現地法人年齢)と退出率の関係を調べた結果、年数が経過するにつれて退出の確率も高くなっていくことが分かった。アジアや北米等の地域別で見ても、同じ傾向が見られた。製造業と非製造業の対比で見ても、同じ正の相関が見られたが、製造業の退出率はどの年齢でも低かった。輸出企業のダイナミクスでは参入直後の数年で大部分の企業が退出し、その後は退出率が安定していくという実証結果(経過年数と退出率の負の相関)が多数報告されており、FDIの退出に関しては逆の関係性になっている。輸出に比べ埋没費用が大きいため、事前に行うマーケット調査への投資や参入後の不確実性に対するヒステリシスが要因となっている可能性がある。

そもそも企業はどのような理由でFDIをするのだろうか? 代表的な議論では、現地で直接販売することによって輸送コストを節約する水平的FDIと海外の安価な労働力を利用して中間財を生産し、それを日本に輸入する垂直的FDIに分けられる。われわれは日本企業の海外現地法人の販売と仕入れの内訳データを使い、各現地法人を水平的、垂直的と分類した上で、国ごとに相対的な垂直的現地法人の数を「FDI垂直度」としてインデックスを作成した。この垂直度は−1から1までの範囲に収まり、負であれば水平的現地法人が多く、正であれば垂直的現地法人が多い。また既存研究では現地法人の販売のみに着目した立て分けが多かったが、仕入れに関しても垂直度を計算した。垂直度が大きいほど販売や仕入れにおいて日本との繋がりが強いことを意味する。ほとんどの国で販売、仕入れ共に垂直度は負であり、水平的現地法人が相対的に多いことが分かった。販売の垂直度はベトナム、フィリピン、中国等のアジア諸国で高く、仕入れの垂直はドイツやオランダ、ベルギー等のヨーロッパ諸国で高かった。日本からの距離との相関を見ると、販売垂直度、仕入れ垂直度共に遠い国ほど垂直度が下がる傾向があり、理論モデルとの整合性が確認された。図では国別の販売と仕入れの垂直度の関係をプロットしている。赤い線は45度線であり、この平面の左上に行くほど現地で物を調達し、それを日本に送るという(日本企業から見ると)輸入の傾向性が強い国ということになる。逆に右下に行くほど日本から物を仕入れ、現地で販売するという輸出の傾向が強い国ということになる。ベトナムや中国では輸入の代替としてのFDI、逆にドイツでは輸出の代替としてのFDIをする傾向性が高いことが分かった。

FDI参入と退出の決定要因を調べるため、企業レベルのパネルデータを使い、参入と退出のプロビットモデルを回帰分析した。進出先までの距離は参入には負、退出には正の影響があり、重力モデルのような傾向が確認された。また直近3年間の当該地域における輸出の経験は参入確率を上昇させ、退出確率を低下させることが分かった。事前の輸出経験によって不確実性が低減されていることが示唆される。進出先の販売垂直度は参入確率を高め、退出確率を下げることもわ分かった。逆に仕入れ垂直度は参入に対して負、退出に対して正の影響がある。販売垂直度の高い国では現地でサプライヤーを見つけ、それを日本国内のカスタマーに販売しているということであり、仕入れ垂直度の高い国では現地で顧客を見つけ、日本国内から仕入れて販売しているということである。企業レベルの貿易データを見ても輸出企業よりも輸入企業の方が多く、これらの結果は海外で顧客を見つけ販路を拡大していく方が、海外でサプライヤーを見つけることよりも難しい事を示している可能性がある。

FDIの政策的議論において、日本企業の海外へのFDIは国内雇用を減少させることが危惧されており、外国企業を国内へ誘致することによる国内の雇用創出が推進されているが、本研究ではFDIにはさまざまな形態があり、特性が異なっていることを確認した。販売垂直的や仕入れ垂直的といった、直接輸出を代替しうるのか、直接輸入を代替しうるのかにより、その雇用への効果は変わってくると考えられる。それらの要因を考慮した政策が求められるであろう。

図:国別の販売と仕入れの垂直度
図:国別の販売と仕入れの垂直度