ノンテクニカルサマリー

中国からの輸入が日本の地域雇用に与える影響:サプライチェーンを通じた波及と共集積パターン

執筆者 齊藤 有希子 (上席研究員(特任))/海沼 修平 (東京大学)/Michal FABINGER (東京大学)
研究プロジェクト 組織間のネットワークダイナミクスと企業のライフサイクル
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「組織間のネットワークダイナミクスと企業のライフサイクル」プロジェクト

世界経済における中国の台頭が進んでいる。特に1990年代以降、中国からの安価な商品の輸入が先進国の産業構造に大きなインパクトを与え、雇用問題などさまざまな政策的な課題に直面してきた。学術研究においても、このような中国ショックの各国経済への影響が分析されてきた。直接的効果および間接的なショックの伝播のメカニズムを明らかにし、中国ショックの影響が定量的に捉えられてきた(注1)。本研究では、特に地域経済への影響に着目して、ショックの伝播による効果を空間経済学な観点から分析する。

図は産業別の輸入額の変化であるが、中国からのショックは産業によって異なることが分かる。一方で、空間経済学において議論されるように、同じ産業の企業は同じ地域に集積する傾向(産業集積)があり、このことは中国からのショックの大きさは地域により異なることを意味している。例えば、中国からの繊維製品の輸入額が急増し、繊維産業が集積するテキサス州では、中国ショックによって多くの雇用が失われたとされている。産業によって集積傾向は異なるが、産業の集積パターンは中国ショックの地域経済への影響と密接に関わることが分かる。

次に、中国ショックにおける重要な視点は間接的な効果についてである。中国ショックは各国の経済にプラスの影響も与え得ることが議論されている (Acemoglu, Autor, et al., 2016; Antràs, Fort, et al., 2017; Fabinger et al., 2017)。中国からの安価な商品の輸入はそれを中間財として用いる国内の川下産業の業績の向上につながるという、サプライチェーンを通じた間接的な効果(ショックの伝播)である。例えば、中国からの安価な半導体・電子部品の輸入は、それを用いる国内の電器産業にプラスの影響を与えるであろう。米国では中国からの最終財の輸入が多いのに対して、日本では中間財の輸入が多いことが指摘されており (Taniguch, 2019)、中国ショックのプラスの効果は日本において大きい可能性がある。

われわれはこのようなサプライチェーンを通じた間接的な効果に関しても、空間経済学的な産業集積の観点から地域経済へ与える影響を分析した。異なる産業が同じ地域に集積する「共集積」の構造を規定する要因の1つとして産業間の取引構造があり(注2)、取引関係の強い異なる産業は共集積する傾向があることが確認されている (Ellison, Glaeser, and Kerr, 2010; Fujii, Nakajima, and Saito, 2017)。このことは中国ショックが地域経済に与える直接的な雇用への負の影響は、同じ地域に集積する傾向のある川下産業へのプラスの影響により打ち消される傾向があることを意味している(注3)。われわれはこのことを明らかにするために、共集積する傾向のある産業とそれ以外の産業に分けて(注4)、中国ショックの地域経済へ与える直接効果と間接効果を分析した結果、共集積傾向のある産業において、雇用に与える直接効果と間接効果が打ち消しあって、ショックは緩和することが確認された。

近年、国内の雇用を守るため、各国で保護主義に進む傾向がある。国際貿易における負の側面が政治的に強調され、支持を集めているが、各国の企業の経済活動は密接に関わりあっており、間接的な影響を無視して議論することは非常に危険である。2020年5月現在において、世界的に新型コロナウイルスが猛威を振るい、経済活動の一部が遮断された。コロナショックは各国の経済活動のつながりの正の側面と負の側面を浮かび上がらせるであろう。

図表:産業別の中国からの輸入額の推移(注5
図表:産業別の中国からの輸入額の推移
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注)各企業が立地するメッシュをジオコーディングにより求める。メッシュの中心地点を基準に、3km圏内、3-6km圏内、6-9km圏内の総従業者数を事業所・企業統計調査(総務省)、経済センサス‐基礎調査(総務省)、経済センサス‐活動調査(総務省・経済産業省)に関する地域メッシュ統計(総務省)から集計する。図に示す格子状の線は基準地域メッシュ(第3次地域区画)と対応する。上記の例では、JR東京駅、JR大阪駅の周辺市場圏を例示している。
脚注
  1. ^ 分析にあたり重要な点は因果関係の識別である。中国からの輸入が国内の産業構造を変化させるのではなく、国内の産業構造変化が中国からの輸入を促している可能性がある。Autor, Dorn, and Hanson (2013)に倣って、他国の中国からの輸入構造(産業別の輸入額の変化)を操作変数に用いて、因果関係の識別を行った。
  2. ^ 産業集積および共集積を規定する要因として、取引関係、知識波及、労働プーリングがある。
  3. ^ 川上産業については、需要の低下から負のショックの連鎖があると予測されるが、有意な結果は得られなかった。川上産業へのプラスの影響が強く、中国ショックが打ち消される傾向があることが分かる。
  4. ^ 共集積傾向の強い産業ペアとして、通勤圏ごとの労働者の割合の相関係数の強い産業ペアの例に「パルプ・紙・板紙・加工紙」と「紙加工品」(相関係数は0.676)、「有機化学基礎製品」と「石油製品」(相関係数は0.38)がある。また、「紙加工品」の投入額に占める「パルプ・紙・板紙・加工紙」の割合は約31%、「有機化学基礎製品」の投入額に占める「石油製品」の割合は約50%と強い取引関係にある。
  5. ^ 凡例はJIPデータベースの産業分類番号である。繊維産業は15、半導体素子・集積回路は51、電子部品産業は52である。