ノンテクニカルサマリー

ロボットと雇用:1978年から2017年の日本の検証

執筆者 足立 大輔 (イェール大学)/川口 大司 (プログラムディレクター)/齊藤 有希子 (上席研究員(特任))
研究プロジェクト 組織間のネットワークダイナミクスと企業のライフサイクル
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「組織間のネットワークダイナミクスと企業のライフサイクル」プロジェクト

人工知能やロボットといった新技術が急速に進歩するなか、将来の雇用がどうなるのか楽観論から悲観論までさまざまな予測が注目されている。また、2020年4月現在、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う在宅勤務の急速な拡大は、業務のデジタル化をもたらし、「コロナ後」の世界において、雇用が「コロナ前」の水準に戻るかどうかは予断を許さない状況にある。

この論文では自動化が雇用に与える影響について実証分析を行う。取り上げるのはわが国におけるロボットの導入の経験である。わが国は他の先進国に先駆けて1970年代から本格的に産業用ロボットを取り入れたためロボット導入に関する長い経験を持ち、また日本ロボット工業会が産業用ロボットに関する長期データを整備しているため、その分析は新技術が雇用に与える影響を調べるのに適している。

ロボット導入が雇用に与える影響を検証する際に問題となるのが、雇用量とロボット台数が同時に決定されるというロボット導入の内生性である。ある産業への需要が強ければ雇用も増えるしロボットも増える。そのため、雇用の増減とロボット台数の増減の関係は相関関係であり、ロボットの増加が雇用の増減に与える因果関係ではない。この問題に対応するため私たちはロボット価格の変動に着目した。ロボット工業会のデータにはロボット用途別・仕向け産業別の出荷台数と出荷金額が記録されておりロボットの一台当たりの価格を計算できる。このロボット価格変動を見ると、輸送用機械の製造現場で主に使われる溶接ロボットの価格は1982年から直近に至るまで一貫して下落している。他方、電気機器の製造現場で主に使われる組み立てロボットの価格下落は限定的であった(図)。これは溶接用ロボットに使われる多関節ロボットの価格下落が著しかった一方で、集積回路に電子部品を載せる組み立てロボットに使われる水平多関節ロボットの価格下落が限定的であったためだ。このように産業ごとに異なるロボット価格の変動を用いて、産業ごとのロボット導入が産業ごとの雇用に与えた影響を調べた。

産業レベルの分析の結果、ロボット価格が1%低下するとロボット台数が1.54%増加したことが明らかになった。同時にロボットの価格の1%の低下は雇用を0.44%増加させたことも明らかになった。また、ロボット導入が雇用に与えた影響を推定した結果、1%のロボット増加が雇用を0.28%増加させたことも明らかになった。これらの発見はロボットの導入が雇用を因果関係の意味で増やすことを意味している。

さらに観察単位を産業別から通勤帯(CZ)別に変えた分析も行ったところ、労働者1,000人あたり1台ロボットが増えると雇用が2.2%増加したことが示された。これはAcemoglu and Restrepo (2020)の推定結果の-1.6%とは対照的な結果である。もっとも、国と対象期間の違いを考えると、それほどの驚きがあるとは言えないだろう。まず第一にはロボット導入の初期に当たる1970年代は石油ショック後の安定成長の中で自動車や電機といった産業がその産出量を増やしつつあり、その中で人手不足が成長阻害要因となっていた、ロボットの導入による人件費削減は低コスト生産を可能にし生産規模を拡大させた。第二に、ロボットの導入に伴うコスト減が国内生産を維持することにつながった。ロボット導入に伴う労働代替が雇用を減らした面もあっただろうが、生産コスト減による生産規模の維持・拡大の効果が大きく、最終的には雇用を増やしたのである。

新技術導入が雇用にどのような影響を与えるのかを考えるうえで、ロボットの事例は示唆に富む。新技術の導入が仕事を奪う直接的な効果もあろうが、新技術導入をコストダウンにつなげ、生産規模の拡大を通じて雇用を増やす間接的な効果もある。つまり、新技術導入が雇用増をもたらすかどうかは生産性向上による生産規模拡大が起こるかにかかっている。生産規模が拡大すればそれに付随して雇用機会は拡大し、賃金や労働時間といった就業環境も改善していくのである。

図:用途別ロボット1台当たり価格
図:用途別ロボット1台当たり価格