ノンテクニカルサマリー

移転価格規制と税競争

執筆者 Jay Pil CHOI (Michigan State University)/古沢 泰治 (東京大学)/石川 城太 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト オフショアリングの分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2020年度)
「オフショアリングの分析」プロジェクト

多くの多国籍企業が、移転価格を通じて企業の利潤を、税率の低い、あるいは、税制優遇措置を講じるタックスヘイブンに移転し、節税する動きが見られる。最近とくに、過度な節税が懸念されている。Zucmanたちの研究によれば、2015年には、多国籍企業の利潤のうち6,000億ドル以上がタックスヘイブンに移転された(表参照)。移転価格操作による節税に対する規制として、OECDはアームズ・レングス原則(ALP)を提唱している。

本論文では、最終財市場を独占している企業が、自国と外国の税率の差を利用して、節税を行う状況を理論的に分析している。外国の方で税率が低い場合には、生産が非効率となっても海外直接投資(FDI)を行って節税する誘因が企業には生じる。ALPのような規制がないと、極端な場合、企業はすべての利潤を外国にシフトし、自国の税収は無くなってしまう。しかし、利潤移転を全く認めないような規制の方が良いとは限らない。本論文は、ある程度利潤移転をさせた方が、自国の税収はある程度減るものの、生産量が増えて自国の消費者が利益を得ることを示した。つまり、ある程度の利潤移転を容認するような規制の方が、自国の経済厚生を高めることにつながる。タックスヘイブンを利用した多国籍企業の節税問題では、税収ばかりに目を奪われがちだが、経済全体の厚生、とくに消費者の利益を考慮するような規制を設計する必要がある。

タックスヘイブンは、例えば、アイルランド、スイス、ルクセンブルク、オランダ、シンガポールといったように、小国である。本論文では、大国と小国が税競争(tax competition)を行ったときに、税率引き下げ競争(race to the bottom)に陥ることなく、大国の方が高い税率を課す均衡が存在することも示した。そのような均衡では、大国では、税収が減るものの、企業にFDIをさせることで消費者の利益が高まる。大国の消費者は多いため、結果としてその経済厚生は高まる。小国では、消費者が少ないので、利潤移転による消費者の利益は相対的に小さい。したがって、外国よりも税率を低く設定して自分の国に利潤移転をさせることで、大きな税収を得ることができる。税競争を扱った既存研究は多数存在するが、利潤移転とその規制の両方を考慮した研究は非常に少なく、さらに、上記のようなメカニズムを指摘した研究は皆無である。

節税対策としてのALP原則といった移転価格操作規制は、多国籍企業のタックスヘイブンへの利潤移転を抑制して税収を上げる効果を持つが、同時に生産者や消費者にも影響を与える可能性がある。節税対策を設計・運用する際には、税収増の効果にのみ注目するのではなく、企業や消費者への影響にも十分注意を払う必要がある。

表:全世界のGDP、法人の純利潤、法人税収(2015)
単位
10億USドル
法人の純利潤に対する比率
全世界のGDP 75,038
資本減耗額 11,940
全世界のGDP-資本減耗額 63,098
法人の純生産額 34,083 296%
法人の純利潤 11,515 100%
 多国籍企業の純利潤 1,703 15%
  その内タックスヘイブンに移転された額 616 5%
 非多国籍企業の純利潤 9,812 85%
法人税収 2,154 19%
出典:Torslov, T. S., L. S. Wier, and G. Zucman (2018) "The missing profits of nations," NBER Working Paper 24701