ノンテクニカルサマリー

本邦クレジットスプレッドカーブの分布と景気動向

執筆者 沖本 竜義 (客員研究員)/鷹岡 澄子 (成蹊大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題の背景

景気を予測することは、政策運営者や投資家ならびに経営者にとって非常に重要な問題であり、経済学的にも多くの研究がなされている。そのような研究の代表的なものの1つとして、国債のイールドカーブの情報を用いることにより、景気の予測精度の向上ができることを指摘するものがある。一般的に、金利の上昇は、投資を減退させるため、金利の水準と景気の間には負の関係がある傾向にある。また、伝統的な金融政策においては、中央銀行が景気の減速を懸念する時期は、金利を低下させ、景気を刺激することを試み、景気が過熱気味である時期には、金利を引き上げ、景気を抑制することを試みる。つまり、長期的に景気が浮揚していくと予想される場合、長期金利は短期金利よりも高くなる傾向にあり、長期的に景気の悪化が懸念される場合は、長期金利は短期金利よりも低下する傾向がある。その結果、国債のイールドのカーブの傾きと景気の間には正の関係があることが示唆される。したがって、国債のイールドのカーブの水準と傾きは、将来の景気に対して多くの情報をもつことが予想され、実証研究においてもそれが証明されている。しかしながら、2008年のリーマンショックを契機とした国際金融危機以降、日本を含めた主要国では、政策金利が実質的な下限に到達し、さらなる金融緩和を実施するために、非伝統的金融政策が主流となり、長期金利も非常に低い水準に抑えられている。そのため、国債のイールドカーブが将来の景気に対して保有する情報が、低下している可能性が考えられ、それも1つの契機として、社債のクレジットスプレッドの水準の情報を用いて、景気の予測の向上を試みた研究が増えているが、クレジットスプレッドカーブの情報を用いた研究は少ない。

本研究の目的は、上記のような観点に基づき、日本の社債のクレジットスプレッドカーブを用いて、景気予測の改善を試みることである。そのために、本研究では、まず、発行体・年限別に本邦公募社債市場で発行された個別社債の月次流通市場価格を用いて、発行体・年限別月次クレジットスプレッドの計算を行い、本邦社債市場のクレジットスプレッドカーブの分布を計測した。そのうえで、クレジットスプレッドカードの分布の情報と景気との関連性の解明を試みた。

本研究の主な結果

本研究で得られた結果は次のようにまとめられる。まず、国債のイールドカーブの水準と傾きは、景気に関して重要な情報をもつことが確認されたが、社債のクレジットスプレッドカーブの水準と傾きは、それ以上の情報を保有し、景気の予測精度を大きく高めることが示唆された。より具体的に、クレジットスプレッドカーブの分布のどの分位点の水準と傾きが、景気予測により有用な情報をもつかを検証したところ、高分位点(低信用力)のクレジットスプレッドカーブの水準と傾きが景気予測の精度を最も向上させることが明らかとなった。また、分析の結果より、クレジットスプレッドカーブと景気の関連性は、社債市場の不確実性に依存することが確認され、社債市場の不確実性が高い状態では、両者の間に安定的な関係が存在しないことが示唆された。それに対して、社債市場の不確実性が小さい時期には、クレジットカーブと景気の間には強い関連性が存在し、国債のイールドカーブの傾きは1年先予測を除いて、将来の景気に対して有用な情報を保有しないことが明らかとなった。

政策的インプリケーション

本研究の結果、国債のイールドカーブの傾きが景気に関して保有する情報が限定的となっている一方、社債のクレジットスプレッドカーブの高分位点の水準と傾きを用いて、景気の予測精度を向上できる可能性が示唆された。2001年以降、ゼロ金利が解除された一部の時期を除いて、日本銀行は非伝統的金融政策を実施しており、短期金利だけでなく、長期金利も非常に低い水準で抑えられてきた。その結果、国債のイールドカーブの傾きが将来景気をあまり反映しなくなっていることが確認されただけでなく、そのような状況においても、社債のクレジットスプレッドカーブの分布の高分位点の水準と傾きを用いることによって、景気の予測精度を向上できる可能性が示唆されたことは、非常に興味深い結果である。社債の質をコントロールする方法としては、社債の格付け情報を利用する方法も考えられる。しかしながら、社債の格付け情報は格付け会社に依存し、格付けの更新はしばしば遅れを伴うことが多い。それに対して、本研究では市場データから観測可能なクレジットスプレッドカーブの分布を用いて、社債の質をコントロールする方法を提案しており、それにより、迅速かつより正確に社債の質のコントロールを可能としていることは示唆に富む結果である。また、社債のクレジットスプレッドカーブと景気の関連性は、社債市場の不確実性に大きく依存することも明らかとなったことには注意が必要である。景気予測は、政策運営者や経営者にとって非常に重要な問題であり、より精度の高い景気予測は、より適切な政策運営やビジネス展開を可能にする。したがって、社債市場の不確実性を注視しながら、社債のクレジットスプレッドカーブの分布から得られる情報を有効活用し、景気の予測精度が改善されることを期待したい。